起業家・作家として活動する関口舞さんの日経doors初連載。主人公は日経doorsブランドムービーに登場する、飲料メーカー広報の新人・アーヤ。仕事で失敗した夜、たまたま入ったバーで、思いがけず謎の組織の合言葉を口にしてしまい、「先生」という別の人物と誤解されて演説のステージに立たされてしまう。今更人違いが判明したら命が危ない状況に陥り、ひとまず先生になりすまそうとするも、その先生らしからぬ発言に聴衆が反発し、窮地に陥る。(※日経doorsブランドムービーはこちらへ。連載の前回記事は、「第4話 人違い演説」へ)

 警備の男の銃口のことを考えた。そもそもなんで私がこんな目に遭わなければいけないのか。ここで間違いがあったら命に関わるかもしれない。どうする? とにかく、相手に、聴衆に、理解を示すようなふりをして擦り寄るしかない。

 私は緊張した表情でこちらを見つめる彼女に、再度語りかけた。

 「驚かれた方もいらっしゃるようですが、私は、私と信条が異なる方の考えを、退けようとは思わない。そのお考えは、あなたの今までの人生の、やってきたこと、見てきたもの、感じたこと、出会った人……、その一つひとつが、積み重なって、できたものです。私は、そんなあなたの生き方を今、想像し、あなたという立場になり代わったと仮定した結果、そのような考えに至るということにも、共感できるかもしれないと、そう感じたのです」

 緊張のあまり、聴衆の表情が読めない。いちかばちか、一呼吸置いて、こう続けた。

 「私は、この場にいる皆さん、あなた、その全てに必ず共感できる点があると信じています」

 祈るように聴衆を見る。その瞬間、今までで一番大きな拍手が響き渡り、興奮して涙を流す者もいた。質問者の彼女も、泣いていた。

 「今まで……色々なことが、あったのですね」

 彼女の目を見てゆっくりと言った。それはそうだ。色々なことがなかった人なんていない。

 「はい……!」

 感激したように彼女は言い、また泣いた。どういうことですかとさっき叫んだ青年も涙目で拍手をしている。

 会場の感動のようなものもピークに達したように見えた。そろそろ、なんとかしてここを出なければ。

 ざわめきがやまない 会場に向かって言った。

 「さあ、これで分かったと思います。私たちには、つまり、あなたと私にも、そしてあなたたち同士にも、共感できる点が必ず見つかるということなのです」

 「では、今からあなたの隣や 、周りにいる方々と、それぞれの『自由』について思うところを、語り合っていただきたいと思います。どうぞ!」

 興奮した人々は、互いに夢中になって語り始めた。会場の温度が上がったような気がした。騒がしいざわめきの中、私はさりげなくドアの前まで歩いてゆき、警備の男にこっそりと言った。

 「盛り上がっているようですので、一旦休憩させていただきます」

 「どうぞどうぞ。私もずっと感動しきりです。赤の部屋のソファでごゆっくり休まれてください、すぐに飲み物を運ばせます」

 男は熱意を込めて言い、そっとドアを開けた。