起業家・作家として活動する関口舞さんの日経doors初連載。主人公は日経doorsブランドムービーに登場する、飲料メーカー広報の新人・アーヤ。仕事で失敗した夜、雨宿りのつもりで入ったバーで、思いがけず謎の組織の合言葉を口にしてしまい、「先生」という別の人物と誤解され、演説のステージに立たされてしまう。人違いが判明したら命が危ない状況に陥り、ひとまず先生になりきってごまかし、そこから無事逃げ切ったのだった。(※日経doorsブランドムービーはこちらへ)

 朝、目覚ましの音で無理やりに起きて、顔を洗ってあまり納得のいかない化粧をして、冷凍してあるパンを焼いて食べて、アイロンがけしなくても大丈夫そうな服をひっぱりだして着て、満員電車を我慢して、会社に行く。そんなことを繰り返していたら、すっかり寒い季節になった。

 ユミさんは、山田さん達のプロジェクトチームから外されることになった。彼女のプレゼンで取引先は新規にいくつも増えていたのに。「優秀な人材を色々なところに回して、各部署を活性化させるために」と部長は言っていたが、それは建前に感じた。そのやり取りを今朝、偶然立ち聞きしてしまった。朝告げられて、しばらくどこかに行ってしまったと思ったら、ユミさんは昼過ぎに赤い目をして帰ってきた。

 「アーヤちゃん、コーヒーついでに二つ作ったんだけど、飲む?」

 狭い休憩室の窓際に立っていた私に、ユミさんが言った。手に持った二つのカップのうち、一つを手渡してくる。ユミさんの指と私の指が少し触れる。彼女の指先は、心配になるくらい白くて、冷たかった。冬になり、受け取ったカップが体を暖めてくれる。ユミさんの目と鼻先がまだ赤い。辛い状況のはずなのに、相変わらず彼女は優しい。優しくて賢くて美しいユミさんを妬む人達ではなく、彼女に憧れる私でいられてよかった、なんて、ふと感じた。

 「ありがとうございます。いただきます」

 コーヒーを飲む私を、ユミさんが目を細めて見ている。

 「なんか、アーヤちゃん、変わったよね」

 「え、そうですか? なんでだろう。……そういえば、口紅変えました」

 「そういうことじゃなくてさあ」

 私たちは目を見合わせて笑った。