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私が決断したとき

ブルゾンちえみ改め、藤原史織 決断の軸は「無敵」感覚

私が決断したとき(下) ネパール人の彼を「手放して」得たものとは

彼を手放して訪れた転機とは

 彼と別れたのが2016年の春で、その後すぐに交友関係が広がった。「ストッパーでもかかってたの? と思うほどに、急にいろいろな人と知り合えるようになったんです」

 その年の夏にはさまざまなお笑いライブに出るようになり、たくさんの先輩や、のちに「ブルゾンちえみwith B」としてチームを組んだ「ブリリアン」の2人とも出会えた。「私が求めていたのはコレコレ! という手応えがあり、何かが大きく動いていくのが分かりました」

 そして秋からは、「ブルゾンちえみwith B」としてライブに出るようになり、年が明けた2017年1月1日には、若手芸人の登竜門として知られるテレビ番組「おもしろ荘」に出演。「35億」のネタを披露して優勝し、ブレークを果たした。藤原さんは、ネパール人の彼との別れから1年もたたないうちに、人生が激変する経験をしたのだった。

同居していたネパール人の彼と別れてから人生が激変。「惜しいものを手放す」ことの大切さを、身をもって実感
同居していたネパール人の彼と別れてから人生が激変。「惜しいものを手放す」ことの大切さを、身をもって実感

 「ブルゾンちえみ」を手放した今、このときと同じような変化が、彼女の身に起こるのかもしれない。

 「退所後は、新たな専属マネジメント契約のお話をいただくこともありました。とてもありがたいことですが、今は丁重にお断りさせていただいています。数カ月後の自分の気持ちがどう動いているのか分からないので、無責任なお約束をして、ご迷惑をおかけすることは避けたいんです。

 特定の場所にとどまれないタイプの私は、事務所に所属するよりも、プロジェクトや案件ごとに契約を結ぶ形のほうが、性に合っているような気がします。『日本ではそうした働き方は難しい』という意見も耳にしますが、ならば逆に、『やってみよう!』という気持ちが湧いてきます」

 子どものころから、藤原さんは「一つの友達グループに所属したことがなかった」という。「運動は個人種目で、勉強は一人でできる進研ゼミ(笑)。どんなことでも、自由度が高く身軽な状態がいいんですよね、私」

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