「凡人」が「天才」に勝つための戦術とは?

 高校までは、先生に言われたことを、言われた通りにすれば勝てた。大学でも、国内ではそれで勝てた。しかし、世界で勝てるのは、柔道が好きで才能もあり、技を極めた一握りの天才だけ。コーチや監督となる人たちもまた天才ばかりで、その天才たちが教える天才用の指導を、凡人の自分が受けても勝てない――。

 この事実に直面した松本さんは、どうすれば天才に勝てるのかを考え抜き、その試行錯誤の最中に、ある一人のインド人選手と出会った。

 「大学3年生か4年生のときに、ある国際大会に出場したときのことです。対戦相手のインド人選手が、試合前にルンルンしながら、『マツモト~!』と笑顔で私に近づいてきたのです。通常、試合前はどの選手も険しい顔をしていて、相手をにらむか、目をそらすかのどちらか。笑顔の選手なんて見たことがなかったので、すごく不気味でした

 そのインド人選手は、試合前だけでなく、試合中もニコニコしていて、松本さんと対戦して負けた後も、ずっと笑顔だったのだという。

 「試合後、その選手に『何でずっと笑っているの?』と聞いたら、『マツモトと戦うことが夢だったから、負けてもすごく幸せ』という答えが返ってきたんです。そうとは知らずに戦っていたときの私の心の中は、『何を考えているんだろう?』『どんな技が飛び出してくるんだろう』と、ずっとザワついていました。この出来事が、『相手を動揺させると有利に戦える』という気づきにつながりました」

 そこから松本さんは、さらに試行錯誤を重ね、勝つために「野獣」スタイルを編み出した。

 「10段階のうち、どんなに努力してもレベル8にしか到達できない私が、レベル10の天才たちに勝つためには、相手のレベルを8に下げるしかない。そう考えて、自ら生み出したのが『野獣』スタイルです。試合前に、闘争心をむき出しにして獲物を狙う野獣の目つきで相手をにらみ、その後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。すると相手は不気味に感じ、動揺します。そうして試合中に本来の力を出しにくくさせ、相手のレベルを10から8に下げる戦術を考えました」

闘志をむき出しにしていた現役時代の松本さん。写真はベネシード提供
闘志をむき出しにしていた現役時代の松本さん。写真はベネシード提供

 この戦術を編み出してから国際大会で勝てるようになり、2010年には柔道女子57kg級の世界ランキング1位に。こうして、勝つことに執念を燃やす「勝負師・松本薫」が誕生した。