口では「私は天才」と言い続けた理由

 ルール上は何の問題もない戦術ではあったが、心理戦を挑む彼女のプレースタイルは、「ずるい」と批判されたこともあった。また、海外では「アサシン」(=暗殺者)と呼ばれ、「クレージー」だと言われたこともあった。しかし、松本さんはそんな評判を気にするどころか、「何とでも言え」と思っていたのだという。

 「むしろ、どんどん『野獣』や『アサシン』と言ってくれたほうが、怖いイメージが広がって、実力を出しにくくなる選手が増えると思ったんです。中には、怖がるのではなく『一泡吹かせてやろう』と息巻く選手もいましたが、そうやって力んでいる時点で実力を出しにくくなっているわけですから、私にとっては好都合でした」

 すべては「勝つ」という目標のため。「勝つ」ことにこだわり、そのための戦術を考え抜いたからこそ、自分のことを「凡人」と評する松本さんは、世界の「天才」たちに勝つことができたのだ。

松本さんは、天才たちに勝つために「野獣」スタイルをつくり上げた
松本さんは、天才たちに勝つために「野獣」スタイルをつくり上げた

 一方、相手をマインドコントロールするだけでなく、松本さんは自分自身もマインドコントロールした。

 「私は自分が天才ではないと知っていましたが、口ではいつも『私は天才だ』と言っていました。なぜなら自分が発する『言葉』はすごく大切で、発した言葉が脳に伝わり、自分自身をつくるからです。『私は天才だ』と自分に言い聞かせることで、私は『天才の私』をつくっていったのです」

 「天才ではない自分」を認めていたからこそ、「天才である自分」をつくる努力も怠らなかった松本さん。こうして「勝つこと」にこだわり続けた結果、彼女は2012年のロンドンオリンピックで、念願の金メダルを獲得。中学生の頃に掲げた「両親をオリンピックに連れていく」という目標も果たし、「やり切った!」という大きな達成感を味わった。

 しかし、あまりに達成感が大きかったせいか、オリンピック後は燃え尽きてしまったのだという。