漫画を描いた経験はゼロ、始まりは1ページ漫画から
―― 「防犯の知識を広めたり警察官の採用を増やしたりするためには、漫画が一番届きやすい」と思ったあとは、どのようなアクションを起こしたんですか?
泰 漫画を送りつけましたね、講談社のモーニング編集部に(笑)。
ハコヅメ編集者・田渕さん(以下、田渕) 送りつけられましたね(笑)。モーニング編集部には毎月開催している新人賞があるので、そこに原稿が送られてきました。そのときの作品は、1枚の紙に絵とセリフが描いてあるだけだったので、とても「漫画」とはいえないものでしたが(笑)。
―― 泰さんは漫画を描いた経験はなかったんですよね?
泰 はい。防犯チラシに載せる4コマ漫画しか描いたことがなかったので、1ページだったら何とか心が折れずに描けると思ったんです(笑)。その1ページの中に、編集部の2割くらいが「私は警察官だ」と気づいてくれる情報を詰め込んだつもりだったのですが、実際に気づいてくれたのは、田渕さんと編集長のお二人だったんですよね。
田渕 はい。詰め込む情報のさじ加減を間違えていましたね(笑)。ほとんど気づいてなかったです。
泰 他の方は「絵が下手だな」っていう印象だったんですよね(笑)。お二人が気づいてくれてよかったです。
―― 田渕さんは、なぜ泰さんが「警察官だ」と分かったんですか?
田渕 以前も専門的な職業を描く漫画を担当したことがあったのですが、そういう漫画の場合、どんなに調べ尽くしても分からないことがあるんですよね。泰さんの1ページ漫画には、実際に働いたことのある人にしか分からない言い回しや表現があったので、現役か、もしくは元警察官だろうと思って、連絡を取ってみたんです。
警察のことで分からないことがあったら聞けるかもしれないし、1ページで完結する作品をたくさん作っておけば、他の漫画が締め切りに間に合わなかったときに掲載する代理原稿になる……という不純な動機もありました(笑)。
―― 「原稿を送ったらすぐに連載が決定!」というシンデレラストーリーではないんですね。才能を見いだされて、漫画家にスカウトされたわけではないと。
田渕 才能はもちろんありますよ。泰さんは、ストーリーを作る才能が異常なくらいあります。ですが、いくら才能があっても、安定した職を捨てて漫画家になるよう勧めることは決してありません。専業漫画家として食べていくのは本当に大変なので、そこはもう、しっかりと説明したのですが……。
泰 連載が決まった直後に、田渕さんには相談せずに辞めました(笑)。
―― 事後報告だったんですね! 給料制の仕事を望んでいた泰さんが、なぜキッパリと警察官を辞めたのか……。その理由が気になりますね。
なぜ泰さんは、漫画家に転身したのでしょうか? 下編では、退職して専業漫画家になった理由や、『モーニング』で連載が決まるまでの経緯などをお伝えします。
■漫画経験ゼロからのスタート
■なぜ漫画雑誌の新人賞に応募したのか
■担当編集者の制止を聞かず警察を退職
■専業作家の道は厳しいと知りながら、なぜ退職?
■デジタル化が進み、10年前と漫画を描く環境が変化
■マイナスだと思っていた妄想力が創作に生きた
取材・文/青野梢(日経xwoman doors) 漫画/『ハコヅメ ~交番女子の逆襲~』(C)泰三子/講談社