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私が決断したとき

車椅子3年目の猪狩ともか 仮面女子になれず絶望した日

(上)試練の下積み時代 アイドルとしては遅いスタートから3年かけて仮面女子へ昇格した過去

4度目の挑戦 「悲壮感の漂うアイドル」からの脱却

 3回目の組閣の翌日と、翌々日。偶然ではあったが、猪狩さんは祖母の通夜と葬式に参列するために休みを取っていた。

 「この2日間で少し冷静になることができて、事務所の方と話をしたんです。そのときに、『ここで諦めずに仮面女子になれたら、みんなに希望を与えられるんだよ』と言ってもらえて。それで、もう少し頑張ってみようと思えました」

 また、このときにTwitterでファンの投稿を見たことも、猪狩さんの心境に大きな変化をもたらした。Twitterには、「猪狩が病んじゃうんじゃないか」「このまま辞めちゃうんじゃないか」という、自分を「心配」する言葉が並んでいた。

 「私はファンの方に元気をあげられる存在になりたいと思って、アイドルを目指したんです。それなのに、当時の私は『どうせ私なんて』『今回がダメだったらもう終わり』といったネガティブ発言ばかりをしていて、悲壮感が漂うアイドルになっていました。ファンの方に元気になってもらうどころか心配をかけ、目指していたアイドルとは真逆の存在になっている。それに気づいたことで、我に返ったんです」

もともとアイドルが好きで、モーニング娘。のファンだという猪狩さん。「アイドルから元気をもらっていたので、自分もファンの方に元気をあげられる存在になりたかったんです」
もともとアイドルが好きで、モーニング娘。のファンだという猪狩さん。「アイドルから元気をもらっていたので、自分もファンの方に元気をあげられる存在になりたかったんです」

 こうして猪狩さんは、「自分にはまだできることがあった」と気づいて前を向き、ネガティブ発言をしないことを決意。4回目の組閣で、ついに仮面女子に昇格することができた。「組閣で名前が呼ばれたときは、『やっと報われた』という安心感で腰が抜けてしまいました」

 下積み期間は3年。25歳でつかんだアイドルという夢の舞台で、充実した日々を送っていた猪狩さん。しかし、2018年4月。秋葉原にある劇場に向かう道の途中で、当時26歳だった猪狩さんは、事故に遭った。

 ★下編「仮面女子・猪狩ともか 事故からの復帰と卒業後の挑戦」に続く

取材・文/川辺美希 写真/小野さやか

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