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逆境を乗り越えろ 30代リーダーの心得

サマンサ非常勤役員 世永亜実 ドン底失敗経験が原動力

(上)今を熱く生きる! サマンサタバサ元上席執行役員からパラレルキャリアに転向

96%が女性社員という会社で、みんなのお母さん役のように部下や同僚を育て、励まし続けてきた世永亜実さん。昨年19年間の会社員生活に終止符を打ち、現在は長年勤務してきたサマンサタバサジャパンリミテッドの非常勤取締役として関わり続けながら、オイシックス・ラ・大地にも参画。パラレルキャリアを歩んでいる。28歳のときに部長、30歳で執行役員、33歳には上席執行役員とキャリアの階段を駆け上がり続けた世永さん。順風満帆に進んできたように見えるキャリアを、「新人時代の挫折経験が奮い立たせてくれた」と語る。40歳で転機を迎えて今、「新たな世界が開けてきた」という彼女のリーダーとしての原点を振り返ってもらった。

上 サマンサ非常勤役員 世永亜実 ドン底失敗経験が原動力 ←今回はここ
中 世永亜実 やる気のない部下と尊敬できない上司の対処法
下 熱狂的な二人を見つけ出してチームをつくる 世永亜実

毎日泣いていた2年間の挫折経験が原点

 私は順風満帆なキャリアを送っているように見られますが、実際はずっと壁に当たって、毎日うじうじ言っているような感じでした。「辞めたいと思ったことありますか?」と聞かれると、「いつもです。実は昨日も……」と答えてしまうくらい。「チャンスがあったら辞めたい」という気持ちを併せ持ちつつ、その時々の責務を果たそうと夢中で走り続けてきました。靴を履きながら「今日、辞めたいな」ってつぶやくと、夫が「世界が求めてるから行ってこい」って言ってくれるんです(笑)。超ポジティブな夫に励まされ、取りあえずその日はドアを開ける。そして気づくと取りあえず一日走りきれている、ということの繰り返しだった気がします。

世永亜実
世永亜実
サマンサタバサジャパンリミテッド非常勤取締役、オイシックス・ラ・大地Special Planner/People’s Adviser。大学卒業後、芸能プロダクションのアミューズ勤務を経て、2002年にサマンサタバサジャパンリミテッドに転職。プロモーションやプレスを担当し、08年に執行役員、12年に上席執行役員へ就任。19年にパラレルキャリアへと転向。2児の母。今夏『働く女性のやる気スイッチ』(翔泳社)を出版

 最初の壁は就職してすぐ。飛び込み営業スタイルの仕事に就いたときです。私の性格とは正反対の仕事。新卒で入社したのは、大手芸能プロダクションでした。当時はまだCD全盛期で、レコード部門の担当になった私は新人アーティストの曲譜を何百枚とカバンに入れて、ラジオ局や出版社、レコード店を回って売り込むのが仕事でした。

 実は、私は本当に人前に出るのが苦手で、目立つのも好きではないし、自分でも嫌になるくらい真面目な気質。初めての人の前では緊張するし、何年も知っている人でも敬語なしで話すのに最低3年はかかります。しかしこのプロモーターとしての仕事は、みんなが忙しく歩き回るラジオ局などに張り付いて、ディレクターさんに売り出したいアーティストのCDを渡して売り込まないといけません。毎日、そうしたラジオ局の端っこで「どうしようどうしよう、渡せない。無理、無理。みんな忙しそう……」ってうじうじしていました。

 ここで私が衝撃だったのは、同じ仕事を全力で楽しむ人たちに出会ったこと。他のレコード会社のプロモーターたちは、サルの着ぐるみの中に入って目立ったり、アーティストのポスターを全身に貼り付けたり、髪にアーティストの名前の剃(そ)りを入れたりと、相手の心をつかむ工夫を駆使して売り込みをする人ばかり。そんな周囲を見て、自分は同じようになれない「壁」を感じたのです。

 一方の私はというと、お目当ての人が飲み物を買いに立ち上がった瞬間などに「これ、聞いてください!」と手渡せるくらい。せっかく渡すことができても、次の日にはブーメランボックスと呼ばれる不要素材を入れる箱にそのCDが入っているのを見たりして、涙を流す日々でした。当時、地元の駅まで出迎えていてくれた母が「迎えに行くとあなたはいつも泣いていたわ」と言うほど、与えられた役割が私にはつらくて仕方なかった

 今思うと、自分が与えられたことに対して「今の自分の実力で何ができるだろう」「どうしたら印象に残るだろう」「どうやったら楽しめるだろう」と他のプロモーターは考えて行動していました。1つのことを夢中になってやり抜けば、何かが残るし結果がついてくる、と今なら分かります。でも、当時の私にはできていませんでした。

 大手芸能プロダクションにいた2年の間、一生懸命お手紙を書いたり、勇気を出して営業先に話しかけてみたり、自分なりにはがむしゃらに頑張っていたつもりでした。新規プロジェクトに加えてもらうなどいい経験をたくさんさせてもらっているのに、私は結局自分のスイッチを入れられず、活躍も貢献もできなかった。自信を失い、仕事に楽しみを見いだせなかった23歳、24歳。「やり切れた」という達成感もないままに転職をしました。

 これが私の社会人としての原体験。転職後25歳で初めてのリーダー的な役割を経験して以降、後輩やスタッフたちに対しては、かつての私自身に寄り添うように「守りたい」「個性を生かして活躍してほしい」という気持ちで接してきました。正直なところ数年前までリーダーである自覚もあまりないままに、「今度こそやり切りたい」という一心で、大きなチャレンジの数々を乗り越えてきたように思います。

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