1. 日経xwomanトップ
  2. doors
  3. 小説・踊り場の私たち
  4. 連載小説「踊り場の私たち」/第6回 サオリ
小説・踊り場の私たち

連載小説「踊り場の私たち」/第6回 サオリ

サオリの場合 ~あの時のあの子~

人生には、しばしば「踊り場」のようなタイミングが訪れます。がむしゃらに階段を登ってきた足をしばし止め、惑い、揺れる時期。「このまま登っていいのかな」「今までの道のりは正しかったのかな」。そんなときに、横で励ましてくれる人、「だいじょうぶだよ」と認めてくれる人、トンと背中を押してくれる人が、一人でもいたら……。人生の転機を迎えた女性が、なにげない出会いを通じて一歩踏み出す、“救い”のショートストーリーを毎月お届けします。

サオリ
36歳、会社員。マネージャー職についたばかり。これまで転職を3回、結婚を2回している。モットーは「人生は楽しく」。子どもを作ることを考えているが、キャリアとの両立に悩む。趣味は飲み歩き。2つ上の兄には子どもが二人いる。

 人生は決断の連続だ。
 もしAを選んだなら、Bは捨てなければいけない。AもBも手に入れたいというのは、“わがまま”か、“欲張り”。そうでなかったら、“わがままな欲張り”だ。

 と、そんなオトナの分別も「子どもがほしい」という気持ちの前ではまったくの無力になってしまう。36歳の私はいま「キャリア」も「子ども」もどっちも手に入れたい、“わがままな欲張り”だーー。

 会議室は窓が大きく取られていて、まぶしいぐらい。早朝から、新卒採用の面接に駆り出されている。社内でそれなりの立場を得るということは、雑用が一気に増えるということだ。

 「御社の~」
 「海外展開の~」
 「その経験を活かし~」

 面接官3人に学生5人。
 リクルートスーツの学生たちが、判で押したような発言を避けようと、結局パターンにはまっていく。そういうのをずっと聞いていると、ますますぼーっとして、頭の中では、昨日の上司との会話に戻っていく。

 これまで、正直、あまり悩まずに生きてきた。「人生は楽しく」がモットーだ。
 つい先月も、飲み歩きで入ったお店で知り合った子に、お気楽な人生論をぶってしまった。途中で恥ずかしくなって逃げ出したけれど、おばさん臭くなかったかな。

 そんな私ではあるけれど、年齢のこともあり、そろそろ子どもがほしいと思うようになった。夫ともそういう話が出ている。
 でも、うちの会社では出産を機に、仕事から離れる人がほとんどだし、そのまま戻って来ない人も多い。
 産休、育休、保育園。
 お金のこと、家事の分担のこと、復職のこと。
 親族のサポートはどの程度受けられるのか、今の仕事を放り出していいのか。
 問題は山積みだ。

 というわけで昨日、仲のいい上司にそれとなく聞いてみたのだ。
 すると、「正直言うと、困る。戻ってきたとき、そのままのポストを用意できるかわからない」という答えが返ってきた。
 きれい事の建前を言われなかっただけ、信頼されていることがわかるけれど、耳には沁みる。

 結局のところ、キャリアを取るか、子どもを取るか、どっちかなのだ。
 どっちもなんて許されない。そうだ、決断こそが、大人の責任だ。結論は出ている。

「なにか質問あります?」
 司会役の面接官の言葉に、現実に引き戻された。
「あ、では、ひとつだけ」
 ボーっとしてたことがばれないよう、反射的に話し始めてしまう。
「あなたが人生で成し遂げたいことを、ひとつだけあげるとしたらなんですか?」
 あー、これはよくない、と思ったけど時すでに遅し。私の舌は勝手に回っている。
「あなたたちもいつか、選ばなくてはいけなくなる。安定か成長か。日本か海外か。収入かやりがいか。今の時点でぶれない指針を決めておくのは、大切です。それは早ければ早いほどいいです。なにが一番の優先順位ですか? ぜひ聞かせてください」

 おいおい。これじゃあ、まるっきり八つ当たりだ。内心、顔を赤らめる。
 何を優先し何を捨てるのか。その覚悟はあるのか。私自身に問うべきことを、学生に尋ねてしまっている。
 が、学生たちは動揺するそぶりも見せず、むしろ、待ってましたとばかりの笑顔を見せた。

「御社で働くことで、よりよい社会に貢献したいです」
「誇れるような仕事につき、一生懸命働くことです」

 がくっと気が抜ける。
 ああ、そうですか、そうですか。聞いた私がバカでした。こんな質問ですら、想定の範囲内ということか。

 うつろな目を次の学生に向ける。人当たりのいい笑顔の中で、引き締まった口元が印象的な女子学生だ。
「では、次の人。あなたが人生で成し遂げたいことを、ひとつあげるとしたらなんですか?」
 彼女は落ち着いた様子で、しかし、首をかしげた。
「ひとつだけですか?」
「はい、ひとつだけです」
 思わず声がきつくなったか、周囲の面接官がこちらをうかがう。彼女は、ひとつ深呼吸をしたのち、言った。
「ひとつには絞れません」

 え? 面接官も学生たちも、一斉にざわつく。
「絞れない、とはどういうことでしょう?」
 問いただす私の声も震えていた。

会員登録で記事クリップやキーワードのフォロー、
My doorsの設定が可能になります