1. 日経xwomanトップ
  2. doors
  3. doors 旬のインタビュー
  4. 元AKB山本亜依 アイドル→俳優 好奇心が道を開いた
  5. 3ページ目
doors 旬のインタビュー

元AKB山本亜依 アイドル→俳優 好奇心が道を開いた

AKB48チーム8を卒業後、俳優業に転身 「今までやってきたことに無駄なことは何一つない」

アイドルになり俳優の魅力を発見 事務所選びは入念に

山本 その頃、もう一つのめりこみはじめたのが映画でした。AKB48に入って、先輩が出演する舞台や映画を見る機会が増えたこともあり、専門学校2年目の夏ごろから「お芝居をやってみたい」という気持ちが芽生えて。ちょうどその頃、専門学校の友達はアパレル企業に履歴書を送り始める時期です。ちょうど20歳で成人式を迎えた時期でもあり、自分のキャリアを真剣に考えて出した結論でした。そして関係者に相談して、チーム8卒業を決意しました。沖縄で行われた「チーム8結成2周年記念特別公演」のステージが最後でした。

 チーム8卒業後、単身で上京。約半年間は飲食店で夜7時から朝の3~4時までアルバイトをして始発の電車で帰宅する毎日でした。

 お芝居をするには、まず事務所に所属する必要があると考えました。最初はいろいろな事務所を受けてみようとも思ったんです。でも、事務所に入ってから「ここじゃなかった」と思うのが嫌で。結局、応募先は自分なりに3社に絞り込みました。

 多くのタレントさんが所属する大きな事務所より少数精鋭の事務所がいいというイメージがあり、オーディション雑誌などで、事務所ごとの所属人数や強みを調べました。グラビアやモデル、アイドル、タレントなど、事務所によって強みは違いますから、俳優業に力を入れられるところを選びたかった。そして、たまたま買った雑誌で、ある俳優さんのインタビューを読みました。オーディション対策として「マネジャーと二人三脚で対策をしたり、演技のアドバイスをもらったりした」とあって、それを読んで「ここがいい!」と思ったのが今の事務所です。

 事務所宛に書類を送り、最終面接では面接官の方と2時間ぐらい話したでしょうか。そこで初めて、自分が最近までAKB48のチーム8として活動していたことを話しました。「アイドルだった」と聞いて「即戦力だ」と前向きな印象を持ってもらえるかどうかが自分では分からなかったので、履歴書にはあえて「芸歴なし」と書いて送っていたんです。実際、「あ、そうだったんだね」でその話は終わりましたけれど(笑)。元AKB48ということを隠したいというわけではありません。ただ、私が出ている映画などの作品を見て私の演技に興味を持ってくださった方が、私の経歴を見て「AKBにこういう子がいたんだ」と思ってくださるというのがうれしいです。

アイドル時代は「自分プロデュース」という課題に直面

「アイドルはものすごく楽しい世界ですが、やはり大変でした。『自分をどうプロデュースしていくか』という課題が常にあったので」(山本さん)
「アイドルはものすごく楽しい世界ですが、やはり大変でした。『自分をどうプロデュースしていくか』という課題が常にあったので」(山本さん)

―― アイドルという仕事から、どんなことを学びましたか?

山本 アイドルはものすごく楽しい世界ですが、やはり大変でした。「自分をどうプロデュースしていくか」という課題が常にあったので。例えば、握手会で並んでくれるファンの皆さんの数で人気が可視化されたり、イベントでの声援の大きさやグッズの販売数で人気が分かったりします。センターなどの立ち位置にも序列があって、これが毎週変わります。

 だから、常に自分と向き合って、この中で自分が目立ち、人気を得るためにどうしたらいいかを考えなくてはいけませんでした。他のメンバーと差別化させるには自分は何をしたらいいんだろうって。

 例えば、握手会でのファン対応がすごく良くて、それで人気を集めて、序列を上っていったメンバーもいましたし、ダンスがものすごく上手で、ダンスナンバーはこの子、という感じで光り輝く人もいました。私は髪をショートにしたり、ギターをイベントで弾かせてもらったりして、個性を出すようにしていました。

 あの2年間があったからメンタルも強くなったし、人と比べられるのが当たり前という感覚が身に付いたと思います。今も人と自分を比べます。自分の中で勝手に「(自分に)似ているな」と思う俳優さんが2~3人いますし。自分と共演した俳優さんが次に大きな役を決めていたら悩むこともあります。でもそんなとき、いきなりこの世界に飛び込んだのではなく、自分なりに経験を積んでいてよかったなと思います。

会員登録で記事クリップやキーワードのフォロー、
My doorsの設定が可能になります