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doors 旬のインタビュー

萬波ユカ 手術室ナースからトップモデルへ

インスタグラムの投稿写真がきっかけでモデルデビュー

所属後すぐにパリコレへ

―― そして事務所にはすんなりと入ることができたのですか?

萬波 面接では身長、体重を測って、少し話をしてあっさり終わったのですが、その日のうちに所属決定の連絡を受けました。ただ、体を仕上げる必要があると言われ、トレーニングを必死でやりました。もし仕上げられなければ、地元に帰らないといけないと思ったので、そこは頑張りました。

―― 所属後、すぐに大きな仕事が決まっていきました。

萬波 最初にフェンディの来日ショーがあり、そのオーディションがありました。事務所からは先輩が行くから「一緒に行ってみれば?」と言われ、先輩のついでに受けに行ったような感じです。

事務所に所属後、すぐに大きな仕事が決まっていった
事務所に所属後、すぐに大きな仕事が決まっていった

 モデルのオーディションは、通常、体のラインが分かる服で行くのが鉄則なんです。実は、それも分からなかったので、ダボダボの服で行きました。面談をしてくれたのは、外国人の方だったのですが、英語が話せなかったので、ずっとにこにこしていました。それがよかったのか、私のキャラクターを気に入ってくれて、受かったんです。その日のうちにミラノコレクションデビューも決まりました。

 所属して1カ月くらいで、ユニクロ、そしてミラノのコレクションが決まりました。

 そもそもファッションショーに出るようなモデルになると思っていなかったので、訳が分からないまま海外に飛ばされました。英語も分からないですし、キャスティングのシステムも分からないので、辛かったです。ミラノの次はパリコレクション。右も左も分かりませんでした。

 華々しいデビューの一方で、言葉の壁やモデルとしての方向性に悩んだという萬波さん。後編萬波ユカ ショーモデルに向いていないと悩んだ過去で詳しくお伝えします

取材・文/齋藤有美(日経doors編集部) 写真/鈴木愛子

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