今や資産運用のひとつとしても広く認識されるアートマーケット。米オークション大手サザビーズの現代美術部門アジア地区統括として、アジアの現代アートマーケットをけん引してきたのが、寺瀬由紀さん。現代アートマーケットに新しい風を吹き込み、その拡大をリードしてきましたが、今年6月末にサザビーズを退職。サザビーズ本社のチェアマンだった同僚の女性を含む3人のパートナーで、アジアとアメリカを拠点にするアートのアドバイザリー会社を創業しました。これまでのキャリアの経緯と今後の挑戦について聞きました。

世界を驚かせた前澤氏のバスキア購入。寺瀬さんは代理人として手腕をふるった
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アートは資産 アジアマーケットは3年で3倍に急成長

編集部(以下、──) アートは資産価値があるという考え方が定着し、特に現代アートへの注目が集まっています。近年のアートマーケットの成長の中、寺瀬さんはどのような実績を積んできたのでしょう。

寺瀬由紀さん(以下、寺瀬) アジアマーケットだけ見てみても、私がアジア地区統括だった2018年以降の3年間で、市場は3倍に急成長しました。サザビーズの現代アートの売上高は、2021年上半期だけで2億3800万ドル(約270億円)で、過去最高を記録。これはすでに2020年通期の合計を超えています。

 以前のアジアのアートマーケットは、中国骨董美術を中心とする歴史的美術品の取引が主流でした。それが、ちょうど私が香港に赴任した2014年前後から、アジアでも中国以外のアジア現代美術、西洋の現代美術の人気が急速に高まりました。コロナ禍においても世界的に現代美術マーケットは活況なのですが、アジアが確実にその流れをけん引しています。

── マーケットが短期間で急成長を遂げた理由のひとつとして、寺瀬さんの力量があると言われています。具体的にどのような企画が、アートシーンに影響を与えたのでしょうか。

寺瀬 ここ数年のアートマーケットのイベントでやはり大きかったのは、実業家でZOZO創業者の前澤友作さんが2017年に1億1000万ドル(約125億円)でバスキアの作品を落札したこと。これはアメリカ人現代アート作家のオークション最高額での落札で、今でも記録は破られていません。そのような記録を、しかも日本の若い起業家がつくったというのは当時本当に話題になり、アジアマーケットへの世界からの注目を加速させたと思います。

 2014年にファッションデザイナーのNIGO(R)さんの個人コレクションセールや2016年にK-POPアイドルのT.O.Pさんがゲストキュレーションするオークションなども企画し、これらも大きな話題を呼びました。いずれもそれまでとは違う、新しいアーティストや観点を取り入れたオークションで、アジアのみならず世界的にアート業界でアジアの新風をアピールする宣伝効果があっただけでなく、売り上げもセール前の見込みを大きく上回る総額を達成することができました。

 草間彌生さん、奈良美智さんなど、世界に名だたる日本人アーティストのオークションも多く担当しました。奈良美智さんの「Knife Behind Back」という作品は、日本人アーティストのオークション落札額の記録を更新しました。

念願のアート業界で、生き生きと働き始めた寺瀬さん
念願のアート業界で、生き生きと働き始めた寺瀬さん

── まさにアジアのアートマーケットの拡大を象徴するような実績ですね。

寺瀬 現代美術が資産価値としても注目と人気を集めている一方で、トップクラスの作品になればなるほど、その公正な価値を評価できる人材は世界でも限られているのが現状です。ありがたいことに、「現代美術のこと、アジアマーケットのことならYukiに聞け」と言われるような信頼を、アジアを中心に世界中のコレクターから徐々にいただけるようになりました。Instagramで私が何気なくアート作品を紹介すると、その作家への直接の問い合わせやオークション入札が入るなど、自分でも驚くことがあります。