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シェアが日本を救う 石山アンジュ

シェアが日本を救うと信じているワケ 石山アンジュ

ライフスタイルや働き方も シェアは幸せの形を変える

ある日突然モノが価値を失うことも

 私が生まれたのは平成元年。人生を歩んできた平成の30年間は経済が低成長で、災害や経済危機が日本を襲うこともありました。そんな中、私が目の当たりにしたのはお金やモノがある日突然価値を失うということです。つまりこれまでステータスとされていた財産や社会的地位で人の幸せは測れなくなってきている。「幸せ」とはモノやお金の量ではなく、人と人とのつながりやコミュニティーの存在といった精神的・内面的な豊かさによって生まれるという価値観にシフトしていると思います。

 もし、今日、災害や経済危機が起きたとしても、住む場所やモノを誰かとのつながりの中で分かち合うことができれば、生活をすることができます。モノやお金が一夜で価値を失うこともある今の時代だからこそ、人と人とのつながり、シェアという概念は存在感を増してきつつあると思っています。

シェアハウスで育ち、多くの人に支えられ育った

 シェアを広げようと思った動機の1つに、幼少期の頃から「誰かと何かをシェアする」ということは身近に起きていました。実家はシェアハウスを経営していましたし、母は私が生まれて2週間後には海外出張にで出かけるほど忙しく働いていましたが、母が作った近所のつながりのおかげで、インターホンを押せば食事を食べさせてくれる家がいくつもありました。

 両親は私が12歳のときに離婚しましたが、あまりさみしさは感じませんでした。両親だけでなく、それぞれのパートナーも私をかわいがってくれたからです。それでも小学校では「アンジュの親って離婚したんだよね?」と言われて。その時に感じた 『違和感』 がきっかけで、「家族ってなんだろう?」と考えるようになりました

実家で両親、友人と撮影。実家がシェアハウスを経営していたこともあり、両親の友人など、多くの人に囲まれて育った
実家で両親、友人と撮影。実家がシェアハウスを経営していたこともあり、両親の友人など、多くの人に囲まれて育った

 こうした生活を送りながら、いつしか漠然と「ピースメッセンジャーになりたい」という強い思いを抱いていました。たまたま幼い頃から戦争や平和に強い関心をがあり、平和について使命感を持っていました。

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