両立に悩む女性からの「ダイイングメッセージ」

羽生 経済的な合理性の問題ではなく、フェミニズムの問題だと理解すれば、状況は変わりますか?

川上 少なくとも、なぜこんなにつらいのか、何が問題なのか、自分の置かれた状況を理解して考えなおすことができるし、より良い生活にするためのきっかけにもなる。家庭に入らず仕事を続けているお母さんたちも、みんな悩んでいますよね。TwitterとかSNSにいっぱい書き込んでいて「絶対若い女の子たちにはこうなってほしくない」とか「絶対に料理できる男と結婚しろ」とか、ダイイングメッセージみたいなのを残している。これも結局はフェミニズムの問題。ただ、いくら言っても若いときは気づかない。家事と育児がどれだけつらいかということは、これはもう、経験しないと分からない。

羽生 私たちも、こんなにけなげに頑張る「働くママ」になるとは、20代のころは思っていませんでしたもんね。

川上 本当ですよ。女性誌でクマひとつない素敵なママがしわひとつない洋服を着て登場していて、そのママの1日のスケジュールを見ると誤植かなと思うほど過酷なときがあります。ものすごい朝食を朝4時半から作って、朝ランして、パパを起こしてから出社、帰宅後は子どものお迎えに行って、食事の準備、残りの仕事をして、寝かしつけまでずっと動きっぱなし……結局2時間半くらいしか寝ていないじゃん!と。死ぬって(笑)。これはウソだと気づかないといけない。そして自分がどんな生活を送りたいのか、しっかり考える。

羽生 私も第一子を産んだ30歳のとき、「どこまでも頑張れる働くママ」を一瞬目指してしまったなぁ。しかしあれは、確かにウソですね。リアルな人生ではない。第二子のときは「そんなことしていられるかいな」とあっさりさめた自分がいましたけど。川上さんがご出産されたのは35歳。仕事も軌道に乗った時期だったんですよね。

川上 そうなんです。配偶者(夫は芥川賞作家の阿部和重さん)が、子どもがほしい人だった。その当時、私は『ヘヴン』という長編小説を書き終えて、これでやっと小説家としてやっていける、自分で稼いでいける、誰にも頼らないで生きていけると自信ができたから、親になれるかもしれないと決断しました。

 というのも、私自身、中学の頃から働いているから体さえ健康であれば何やっても生きていけるだろうという感覚があるんですよね。でも小説を書きたかった。私はーーこれは性格だし、今はまだ体が元気だからこんなことを言えているだけだってことも分かってるんですけれど、でも元気なうちはできるだけ誰かをあてにしないで生きていきたいし、子どもを育てていける目星をつけておきたかった。

 出産前の最優先事項はやっぱり仕事でした。仕事のめどが立って小説を書いていける、子どもも育てられると思ったから決断ができた。仕事がきちんとできなかったら、それを選ぶことはできなかったと思います。それぐらい利己的な人間でした。