2019年夏、長編小説『夏物語』を上梓した作家の川上未映子さん。08年の芥川賞受賞作『乳と卵』で描いた女性たちが再び登場し、生殖倫理という重いテーマに踏み込んだ。小説を通して産むこと、生きることについて一石を投じる川上未映子さんに、日経xwoman 総編集長の羽生祥子が独占インタビュー。結婚、出産、家族、仕事など女性の「生と性」を激論する。

(1)川上未映子 いつ産む?なんて考える前にする事はある ←今回はここ
(2)川上未映子 男性との恋愛を経ないで子どもが欲しい女性
(3)川上未映子 もがきつつ自分への信頼を積み上げた20代
(4)川上未映子 死ぬ直前まで全部見て、書ききりたい

編集長・羽生(以下、羽生) 『夏物語』、一気読みしました。すごい圧というか、行という行からにじみ出る力が圧倒的。主人公である38歳の夏子が、パートナーなしの出産を目指して揺らぐ様子が描かれています。体外受精だけでなく、幼児虐待や貧困、シングルマザーなど、次々と登場人物が現れては産むこと、生きることについて読む者に問いを投げかけていく。ラーメンで例えるのは何ですが、2500円くらいの全部盛りですね。こんなの見たことがない。ページを繰る手が止まらなくて、お風呂で読んだので全ページがもうシワシワです。

川上未映子さん(以下、川上) ありがとうございます(笑)。

出産が女性だけのリスクになっていないか?

羽生 日経doorsの読者(主に20~30代)も出産について非常に関心が高いです。読者会でいつも話題になるのが「いつ産めばいいの?」ということ。「産むことについて、どうして女性だけが悩まなくてはいけないの?」という怒りとも言える。多くの女性たちは主人公の夏子のように結婚や出産について悩む。一方で、男性は週末ゴルフで社内政治ネットワーキングに精を出すなど、自分の仕事のことだけを考えていられる。彼女といつ子どもを作ろうなんて考えている若い男性などほとんどいない。出産が女性だけのリスクになっている気がします。

「じゃあ、わたしが成瀬くんの子どもを生む可能性って、万が一にもあったのだろうか。なかった。それはなかった。即答できる。ぜったいになかった。年齢的にも、経済的にも、そしてわたしの気持ちを考えたって、それはぜったいになかったと思う。わたしはセックスが苦痛で、もう二度としたくないくらいにいやで、結局はそのことであんなに好きだった成瀬くんと別れることになったのだ。」

(『夏物語』第2部 P.213より)

川上 いつ産めばいいのかという話は、私もよくアラサーの女性から聞かれます。確かに、ファイナンシャルプランナーによる「いつごろ産んで、いつまでにどれくらい貯めて……」という理想のプランはあるかもしれない。ただ、小説家の立場から言わせてもらうと、やっぱり人生は何が起きるか分からない。病気にもなるし事故にも遭うし、計画通りにいかないのではと思います。

 何が起きるか分からないから、いつ産むかと悩んでいる人には、「とにかく自分をよく知ること」としか言えないんですよね。自分がどういうパーソナリティーなのかを見極める。自分が自身の目利きになって、何が無理で何だったらできるかっていうことを軸に考える。何歳で産んだらいいですか? というのではなく。まず親になりたいのかなりたくないのか。ずっと誰かの妻として生きていく人生がいいのか。自分が源泉の温泉のように、自分という人間が何者なのか、30歳くらいである程度、分かっているといいですね。

川上未映子さんと総編集長の羽生祥子。共にワーキングマザーとして対談は盛り上がった
川上未映子さん(右)と日経xwoman総編集長の羽生祥子。共にワーキングマザーとして対談は盛り上がった

「等身大の私が好き」と、「リスクを取らない」のは違うこと

羽生 未映子さんは自分の出産の時期について考えていましたか?

川上 何も考えてきませんでした。マイナスからのスタートだったので考える余裕がなかった。というのは、母親が働きづめのお金のない家で育ったし、資本主義的な部分でずっとサバイバーだった。だから、若い人たちと話をしていても、かみ合わない部分も多いんです(笑)。

 特に感じるのは、みんなどこかでラクしたいと思っているのではないかということです。ラクしたいとまでは言わなくても、「肩肘張らないありのままの私で、等身大で好きに生きたい」「このままの私を受け入れてほしい」っていう要望を持っていますよね。もちろん自分の人生は誰にも邪魔されることはないし、自分の価値観は自分が作るものです。ただ、等身大の私が好きということと自分はリスクを取らないというのとは違うと思います。自分らしく生きるということは、何もしないまま常に快適でいられるということではない。けれど、女性の多くは結婚相手にお金を求めていて、苦労せずに暮らしていきたいと思っている。