女性一人での出産、課題もあるが選択肢の1つに

羽生 すごい提言ですね。本にもありますが、いつしか「その昔、男女が1対1でつがうのが流行っていた時期があったらしいよ」と言われる日がくるかもしれませんね。出産の適齢期に必ずしも結婚しているとは限らない。結婚していても離婚したら、また一から適切な相手を見つけて恋愛を始めて、セックスを経なければ妊娠できない。そうなると出産適齢期を逃してしまうことも。とくに働く女性は男性と同様に忙しいですからね。そこで今注目されているのが卵子凍結です。技術もかなり進み、米国企業が社員の卵子凍結にかかる費用を福利厚生で負担するというケースも出てきました。日本でもじわじわ広がりつつあります。

川上 しかし現実は難しいと思います。今では小話みたいになっていますが「ピルの認可が下りるのに9年かかったけれど、バイアグラは半年だった」というのがありますよね。女性が好きなときに自分で精子を取り寄せて妊娠するということは、たとえば現在施術されている様々な不妊治療のように当たり前に認められるようになるかというと、なかなか認めてもらえないでしょうね。

 小説でも取り上げたAID(非配偶者間人工授精)で精子を提供してもらって妊娠するというケースもあるけれど、生まれてくる子どもの権利も問題になるし、そこには切実な問題が山積しています。ただ、個人の価値観も社会の価値観も変わります。自分が何かを望むときに、それについてどこまで真剣に考えを深められるかが重要ですよね。

『夏物語』の書影
2019年夏に出版された『夏物語』。芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちが登場し、生命の意味をめぐる問いを重ねていく。世界十数カ国で翻訳が決定した

出産は究極のエゴイズム

羽生 その一方で、1人で産み育てるのは、肉体・精神・経済とあらゆる面でとっても大変なことでもありますよね。夫婦で育てていてもこんなに大変なのですから。

川上 うん、そうだよね。ただ、いろいろな妊娠と出産があって、一括りにはできないし、これが正しい妊娠と出産だというのもないと思います。私個人の体験でいうと「おそらく自分の出産は誰かを傷つけることにはならないだろう」という漠然とした生ぬるい賭けがあったと思う。でも当然のことながら、そうじゃない可能性も十分にあったわけです。

 そう考えると出産は美談ではない、基本的にエゴイズムによるものだし、すべての人にとっての良さが保証されたことではない。ただ、いろいろな主張やイデオロギーが一枚岩ではないように、妊娠と出産もいろいろな形があるもので、正解がないんです。だから、自分は何をしたいのか本気で考えなければと。誰かはこうだったから自分をこうしなきゃいけないって考えていると何も選べない。