異なる価値観に触れてみよう

―― 同僚からも、「もっとこうしたほうがいいよ」とアドバイスされるのですが、なかなか受け入れられません。

豊田 厚生労働省では、徹夜や休日出勤が当たり前で、月300時間残業する日々でした。でも、決して嫌々やっていたわけではなくて、「こんな私でも必要とされている、国のために役に立てているんだ」という思いから、喜々として働いていました。

 けれど、その後赴任したジュネーブで、人々の働き方や考え方に、衝撃を受けました。午後5時に仕事を終え、夕食は必ず家族と取る。仕事終わりの飲み会もない。長期間のバカンスもしっかり取る。それでも、国も社会も経済もしっかり回っている。

 その頃、仕事ばかりしている私にフランス人の友人がこう言ったんです。「人生は、仕事が3分の1、家庭が3分の1、そして、自分の時間が3分の1だよ」と。ハッとしました。

 当時、私は「仕事が9割、家庭が1割」でした。家族どころか、自分の時間なんて考えたこともなかった。ジュネーブで外交官として仕事をしながら、長男を出産。海外で一人で仕事をしながら赤ちゃんを育てる。それはもう綱渡りの毎日でした。けれど他国の同僚には、2人も3人も出産しながら仕事を続けている女性がたくさんいた。日本とは大きく違うなと実感しました。

 その後日本へ帰国して、厚生労働省で「朝5時まで仕事の生活」に戻って、考えました。そして「10やってる仕事のうち、4はなくても支障はない」という結論に達しました。

 本来の政策立案や法案作成、対外的交渉といった中身のあることのほかに、様々な仕事がありました。例えば、内部向けの資料や会議の議事録を精緻(せいち)に作ったり、膨大な国会答弁を作成して「てにをは」直しまで徹底したり、決裁では、同じことを幾人にも個別に説明に行きそれぞれハンコをもらったり……。そんなことをしなくても、本当はほとんど支障がないか、もっと他に効率的なやり方があるはずですよね。

 それまでは、朝5時まで仕事をすることが当たり前だと思っていたけれど、違う世界を見てみたら全く違った。当たり前と思っていたものが、少し角度を変えて見てみたら、そうじゃないと気づいたんです。人生のさまざまな局面でも、同じようなことはあると思います。自分と違う考え方ややり方も、違うからと排除しないで、一度受け止めてみるといいと思いますよ。


 後編「『すべてを失くした』絶望の中、豊田真由子の気づき」では、豊田さんがあの事件で得た気づきや、必要不可欠と考えること、さらに20~30代の女性たちの人生への取り組み方へのアドバイスなども聞いたので、合わせてご一読ください。

取材・文/尾崎悠子(日経doors編集部) 写真/清水知恵子

豊田真由子
豊田真由子 千葉県出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ留学。 医療、介護、福祉、保育など幅広い政策立案を担当した。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザのパンデミックにWHOとともに対処。衆院議員2期、文部科学大臣政務官などを務めた。