憧れだった東京に出てきたのに

 上司Aは、「放り投げるのかよ」と彩夏さんに言い捨てた。

 それからというものの、男性上司Aの存在が、たまらなく嫌になった。姿が目に入るだけで涙が止まらなくなってしまう。次第に「私は何のために仕事をしているんだろう」と無気力になり、情緒も不安定になった彩夏さんは、2週間ほどの休職を願い出る。

 幸い、同期や先輩たちには恵まれていた。相談すると、みな「彩夏さんは全く悪くないよ」と言ってくれた。その励ましで背中を押され、人事に事の顛末(てんまつ)を報告。半ば強制的に、休職明けに部署を異動させてもらうことになった。

 休職している間、「せっかく東京に出てきたというのに、自分は一体何をしているんだろう」という思いが拭えなかった。最後まで成し遂げられなかった自分。私ではなく他の人だったなら、うまくこなせたのではないか――。

 このとき、休職ではなく退職して地元へ返る選択肢は、彩夏さんにはなかったという。「部署を移動して環境さえ変われば、きっと大丈夫。あんなやつに負けるもんか。地獄のような今の部署から、絶対抜け出してやる」。彩夏さんはそう思った。

環境は良くなっても、つい周りと比べてしまって…

 男性上司Aの下で働いていたとき、最後まで成し遂げられなかったことで、仕事への自信をなくしていた彩夏さん。その後、休職明けに配属替えとなったのは、それまでの苦労が何だったのだろうと思うほど、しっかりとした上司のいる部署だった。彩夏さんは、「今の環境はとても恵まれている」とほほ笑む。

 「しっかりとサポートしてくれたり、トラブルがあったときに対応してくれたりするだけでなく、私が何をしたいのかを、面談のときに親身になって聞き出してくれました。得意なことは何なのか、苦手なことは何か。この先どうなりたいのか。次第に、しんどいと思う業務があったときも本音を言えるようになりましたし、なにより心理的に安心でき、『この人の下で、もっと仕事を学びたい』と思えるようになりました

 男性上司Aに悩まされていたとき、心理学やメンタルヘルスの本をたくさん読んでいたという彩夏さん。ふと、ある1つの手法を勧めている本が多いと気づく。「書くこと」だ。彩夏さんはそれ以降、気持ちがもやもやするとき、落ち込んだとき、腹の立つことがあるときなど、ノートへつづることに。すると次第に、自分の感情を俯瞰(ふかん)して見られるようになっていった

 そんな彩夏さんは現在27歳。ちょうど結婚や出産などとライフスタイルの変化が多くなる年代だ。ノートに気持ちを書き出すことで、自分の内面に向き合うことができるようになったものの、時々、負の感情が押し寄せてしまうときがあるという。

 「つい、周りと比較してしまうんです。まだ私は結婚願望が薄いけれど、地元の友人の結婚報告も聞くようになり、そろそろ考えなければならない時期。すごく仲の良い友人の結婚話には、祝福できそうな気がするものの、美人の友人がイケメンと付き合っていると聞くと、『別れちゃえばいいのに』なんて黒い感情が生まれるときもある。

 仕事でも、会社の同期が賞を取ればもちろん『おめでとう』と言うけれど、心の底では『私だって頑張っているのに。悔しいな』と思うことも」

 この気持ちに気づけるようになったのは、ノートに書くことが習慣化されたから。「けれどまだ、負の感情が湧き上がっては、落ち込んでしまう。周りと比べないようにする方法が、まだ分からないんですよね」

元乃木坂46 中元日芽香さんに聞いてみた

 そこで今回は、乃木坂46を卒業し、現在は心理カウンセラーとして活動する中元日芽香さんに話を聞いた。

中元日芽香さん
1996年、広島県生まれ。2011年から「乃木坂46」のメンバーとして活動したのち、2017年に卒業。2018年にカウンセリングサロン「モニカと私」を開設し、心理カウンセラーとして活動を始める。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』(文藝春秋)