自分で育てたマウジーを手放した理由

 こうしてリリースしたマウジーは大ヒット。大人っぽく、クールなテイストのラインアップは同世代の女性から支持を集めた。特に森本さんのこだわりが詰まったパンツは「下半身がきれいに見える」と評判になり、大きく売り上げを伸ばしていった。

 この頃には、販売員時代からの知人だった男性と結婚し、私生活も充実。仕事ではマウジーの別ラインを立ち上げるなど順風満帆だったが、立ち上げから5年がたった27歳のとき、マウジーを離れると決めた。

 「世間的には販売員からプロデューサーになって、ブランドも大きくなって、と成功者に見えていたかもしれませんが、会社からの期待が大きくなるにつれ、だんだんプレッシャーを感じるようになりました。売り上げは増えていましたが、もう期待には応えられないと思ったんです。会社に不満はありませんでしたが、ネガティブな思いのまま続けるのは私らしくないと感じました」

「当時は忙しかったですが、雑誌の連載もたくさん持たせてもらっていたし、いい車に乗ったり、欲しい物はすぐに買えたりと、ちょっとイケイケな生活を送っていました。その分、なかなかマウジーを離れる勇気が持てなかった」
「当時は忙しかったですが、雑誌の連載もたくさん持たせてもらっていたし、いい車に乗ったり、欲しい物はすぐに買えたりと、ちょっとイケイケな生活を送っていました。その分、なかなかマウジーを離れる勇気が持てなかった」

 マウジーのディレクターを退任後、森本さんは独立し、ヨーコモリモトデザインオフィスを設立。マウジーでともに働いてきたほとんどのスタッフが加わり、新ブランド「KariAng(カリアング)」をスタートさせた。