何かを成し遂げた女性は、華々しいキャリアで順風満帆に見える。でも実は、見えないだけで、思い通りにいかず悔しくて、泣いて、もがいて、落ち込んで…「失敗だらけの道」を歩んでいるかも。先輩たちの生々しい失敗談に、転機の乗り越え方、転び方、失敗を最高の糧にするヒントを学ぶ連載。今回は、二度のUターン、転職、出産、離婚を経て、地元・秋田で自身のブランド米「ゆきのこまち」をつくる注目の農家・坂本寿美子さん(46歳)の前編です。

(上) 「都落ち」後に地元の就活で失敗 奮起し出会った天職 ←今回はここ
(下) 自分の限界を知って決断 42歳で農家再出発の理由

 「ここにはサワガニがいるんですよ。今日はいないかな?」

 そう言いながら、坂本寿美子さんは田んぼに流れ込む用水路に手を入れ、大きな石をどかしてのぞき込む。「ああ、いない。子どもたちが取りつくしちゃったかな」と笑う。

坂本さんの田んぼの前にて。サワガニを取りつくしたというのは坂本さんの子どもたち。彼女には中学3年生の長男を頭に3人の子どもがいる
坂本さんの田んぼの前にて。サワガニを取りつくしたというのは坂本さんの子どもたち。彼女には中学3年生の長男を頭に3人の子どもがいる

 ここは、秋田県北東部に位置する鹿角市。八幡平の山間部にある黒沢集落は、10世帯、約40人が暮らす小さな集落だ。訪れた日は快晴で抜けるような青空。八幡平の緑豊かな樹木が美しく輝き、ピンクや黄色、色とりどりの花が咲いていた。さらに、小さな生き物の命を育む清流がいくつもあり、さながら桃源郷のようだった。

 坂本さんは生まれ育ったこの地で、田植えをしてからは一切農薬を使わない「田植え以降無農薬」でコメ作りをする農家である。農家になったのは2017年とまだ日は浅いが、自身のブランド米「ゆきのこまち」をつくり、注目されている。

 坂本さんの前職はタイ古式マッサージのセラピストでありネイリスト。20代の頃には東京・六本木でタイ古式マッサージ店の店長も務めていたこともある。Uターンも二度経験、結婚も離婚もした。さまざまな仕事と人生の転機を経て、現在、故郷で坂本さんにしかできない農業をしている。

 坂本さんが人生初の挫折を味わったのは、上京して働いていた東京から地元に戻り、就職試験に落ちたときだった。

<坂本寿美子さんの「失敗年表」>18歳 高校卒業後、上京。大手電機メーカーに就職/20歳 祖父他界。実家に戻る。/21歳 地元企業の就職試験受けるも不合格 ここで失敗1/23歳 再び上京。/24歳 タイ古式マッサージのセラピストに転職/29歳 タイ古式マッサージ店店長に/31歳 長男妊娠をきっかけに実家に戻る。/39歳 地元でネイルとタイ古式マッサージ店オープン ここで失敗2/42歳 閉店&専業農家になる