何かを成し遂げた女性は、華々しいキャリアで順風満帆に見える。でも実は、見えないだけで、思い通りにいかず悔しくて、泣いて、もがいて、落ち込んで…「失敗だらけの道」を歩んでいるのかも。先輩たちの生々しい失敗談に、転機の乗り越え方、転び方、失敗を最高の糧にするヒントを学ぶ連載。今回は、完全オーダーメイドウエディングブランド「CRAZY WEDDING」の創業者で現在は実業家として活躍する山川咲さん(38歳)の失敗図鑑(下編)です。

(上)CRAZY WEDDING創業 山川咲 激務のすえ流産
(下)山川咲 注目度が高まりメンタル限界に 夫婦経営も失敗 ←今回はここ

 28歳で完全オーダーメイドウエディングブランド「CRAZY WEDDING」を創業し、業界に革命を起こした山川咲さん。創業後、情熱ささげて事業に取り組む中、ずっと憧れだったテレビ番組へ出演の話が舞い込んだ。ところが、番組放送後の予想を超える反響に、山川さんは自己嫌悪に陥ってしまった。

憧れのテレビ番組出演で自分の力量を思い知った

 2016年5月、山川さんはTBSのドキュメンタリー番組「情熱大陸」に出演を果たした。注目が集まるリスクについて周囲から聞いていたものの「一生に一度の機会」と捉え、最終的に出演を決めた。

 放送後、CRAZY WEDDINGへの問い合わせは激増。山川さん自身にも、メディアの取材や会食、仕事のオファーなどが次々と舞い込むようになった。ところが、うれしい悲鳴を上げる半面、山川さんは今まで経験したことのない忙しさとプレッシャーに追い詰められてしまう。

 「番組では、私たちのサービスをすごくポジティブに取り上げてくれました。とてもうれしかったし、たくさんの方に興味を持っていただけて光栄でした。ただ、私自身もCRAZY WEDDINGも、まだまだ発展途上だと思っていたし、課題や改善点もたくさん抱えていて。

 この状態で本当に世間の期待に100%で応えられるのかを考えると、苦しくなってしまいました。青臭いところが自分とブランドのいいところだったのに、急に大人にならなければいけなくなった気がして、しんどくなってしまったんです。未熟なまま有名番組に出てしまったのは、失敗と言えるかもしれません」

 番組放送から4カ月後の9月、メンタルは限界に達した。「私は、もうダメかもしれない」と、再び一人で世界を回る船旅に出発。気持ちを整え、帰国後はペースダウンしながら仕事をしていたところ、2度の流産を経験していた山川さんに3度目の妊娠が分かった。

「『情熱大陸』に出た後、うれしい半面、注目されることも大変なことだと実感しました。周囲はいろいろな意見があると知っていたので、私がエゴサーチをしないよう気遣ってくれました」
「『情熱大陸』に出た後、うれしい半面、注目されることも大変なことだと実感しました。周囲はいろいろな意見があると知っていたので、私がエゴサーチをしないよう気遣ってくれました」