心を閉ざしがちだった新人アナ時代

 幼少期からの夢をかなえ、アナウンサーとして社会人生活をスタートさせた秋元さん。しかし、入社してすぐ、海外育ちのコンプレックスとアナウンス技術の未熟さを痛感し、周囲に心を閉ざしてしまった

 「父の海外赴任により11歳頃まで数カ国に在住していたので、日本語にコンプレックスがありました。研修では、先輩アナウンサーに日本語の使い方や話し方の間違いを指摘され、落ち込むように。『私にはこの仕事は向いていない』と思いました。すっかり自信を失ったために、周囲とのコミュニケーションも希薄になり、社内の人に『愛想がなく、話し掛けにくい新人』と思わせてしまいました。今振り返ると、自分が悩んでいるからといって、周囲に心を開かなかったのは20代の大失敗。気軽に話ができる関係を築けず、ポジティブな印象を与えられなかったんです」

「アナウンサーといえば、いつも元気でニコニコしているイメージをお持ちの方が多いと思いますが、私はまったくそうではなかった。『かわいくない』新人だと思われていたと思います」
「アナウンサーといえば、いつも元気でニコニコしているイメージをお持ちの方が多いと思いますが、私はまったくそうではなかった。『かわいくない』新人だと思われていたと思います」

 自分でも練習を重ねながら、なんとかアナウンス技術を磨いていき、情報番組のお天気コーナー担当としてアナウンサーデビュー。2年目には、スポーツニュース番組の金曜日キャスターを任されることになった。

 ところが、ここで秋元さんは再び壁にぶち当たる。それまで「原稿を正確に読む」ことを一番に考えていたが、スポーツ番組では選手や監督を取材し、番組に生かせるコメントを引き出さなければならない。入社以来、あまり周囲とコミュニケーションを取ってこなかった秋元さんにとって、現場取材は大きなハードルとなった。

 「これまで私は人に対して、深い関心を持ったことがなかったんです。でも、先輩方は、積極的に現場、例えば野球場などへ出向き、選手や監督に顔を覚えてもらい、話ができる関係性を築いていました。普段から人とコミュニケーションを取ってこなかったことを後悔しましたし、このときようやく、『キャスターはもらった原稿を読んでいるだけではだめだ』と気づいたんです」