五輪期間中空白だったノート

―― 五輪直後にはどんなことが書かれてあったのかが気になります。

上村 「なぜメダルに届かなかったのか」ということの振り返りです。こういう考え方で挑んだがそれは正解だったのか、今回のアプローチは自分らしくなかったのではないかということも書いています。振り返らないと次の一歩が進めません。結果を受け止めなければ、またあの厳しいトレーニングに4年間も挑む覚悟が持てない。自分の気持ちを整理することが必要でした。

 でも、2回目のソルトレークシティー五輪、3回目のトリノ五輪後は、10日間ぐらい何も書かない空白期間がありました。当時は、自分の中で「結果を残さないと何も残らない」という思いが強くて、とにかく苦しかった……。トリノ五輪後に家族や仲間に食事会を開いてもらい、泣きベソかきながら「次も頑張ります」と話したことを覚えていますが、それ以外の気持ちが思いつかなかったから、書けなかったのかもしれません。

―― 五輪に出場する回数が多くなるにつれ、ノートに書く内容も変わっていったのでしょうか。

上村 書く内容もそうですが、ノートとの向き合い方でしょうか。7位だった1回目の長野五輪はチャレンジの五輪で、里谷多英さんが金メダルを獲得し、自分も金を目指したいという目標が持てました・前向きな気持ちで2回目のソルトレークシティー五輪に挑み、努力すれば夢は必ずかなうと疑わずトレーニングを積み重ねた4年間でしたが、結果は6位。「簡単に思い通りにはいかない」という壁にぶつかりました

「なぜメダルに届かなかったのか」。ノートを使って自問自答した
「なぜメダルに届かなかったのか」。ノートを使って自問自答した

 三度目の正直となったトリノ五輪に向けては、ルール改正を乗り越え、自分の武器も身に付けてやるべきことはやって挑んだのに、5位という結果に終わり、またメダルに届かなかった。「いったい私はどうすればいいんだろう…」と自暴自棄になりそうなぐらい、本当に分からなくなった時期でした