―― 教育投資のジェンダー差というのは、どういうことですか?

上野 娘より息子に教育投資を優先配分するというジェンダー差です。これがなぜ起きるのかというと、教育経済学という分野がありますが、教育は投資、つまり回収を予期したお金です。ですから、日本では女子に対する教育投資の回収の見込みが薄いと、親が思っているということですね。分かりやすいでしょう?

今どき「女性に教育は不必要」? 親の認識が問題

―― 「回収の見込みが薄い」というのは、社会人になった後、投資した分を取り戻せるほどには稼げない、ということですよね。

上野 その通りです。女子に教育をしたところで高収入を得られないだろうから、男子に優先的に教育をしよう、と親が思っているのでしょう。

―― 女子に教育不要という考えは、古すぎて今どきちょっと想像がつきませんが…。でも、息子には「何が何でもトップ大学に!」と熱心な教育をする家庭でも、娘には「そこまで頑張らなくてもいい」といったムードがあるのは確かですね。

上野 データでは、日本の女性の労働参加率が高いにも関わらず男女の収入格差が大きいのが問題なのです。なぜかというと日本では女性の雇用が非正規だからですよ。女性10人のうち6人が非正規雇用なんです。そうすると労働参加をしても、教育投資の回収が低くなってしまうと親は予期しているわけです。ではなぜ非正規雇用が多いかというと、最大の理由は出産離職です。堂々巡りですが、男性の働き方が変わらない→出産離職→女性の低収入→教育投資の男女差・・という悪循環です。

日本はジェンダーギャップ指数をTOP10まで上げられる

―― さて今回の分析では、日本に限らず世界的な課題として、「男女平等を解消するには99年かかる」と出ていて気が遠くなりました……。

上野 何をおっしゃいますか。先ほども言いましたが、北欧やヨーロッパのキリスト教文化圏は、70年代までは本当に保守的な社会でした。しかし70年代以降、性革命のあとで、急速な変化をとげた。男女平等先進国と今呼ばれている国々は、約半世紀で変わったんです。諸外国でできたことが、日本でできないことはありません。

―― では上野さんは、日本のジェンダーギャップが121位から、せめて50位くらいには上がると思えますか?

上野 やめてくださいよ。GDP3位なんですから、(ジェンダーギャップ指数ランキングが)1桁になって当然じゃないですか。だってこんなに豊かな国なんだから。GDPと男女平等度がこれだけアンバランスだということが問題なんです。

―― 希望的な示唆を頂いたところで、この『日経doors』を読んでいる20-30代の読者に向けてメッセージを下さい。

上野 データをひとつ示しましょう。「結婚観が保守的な男女ほど、結婚しにくい」という実証研究があります。保守的というのは、先ほどの「男性稼ぎ主モデル」、つまり男性は妻子を養わねばならぬ、女性は家事育児を背負わねばならぬという考え方です。そういった考え方の男女ほど結婚確率が低くなります。さらに結婚した後に、「男性稼ぎ主モデル」を維持している社会ほど出生率が低いという国際比較データがあります。

―― 男女の区別なく、就業も家事育児も、役割分担のギャップ(差)を潜在意識から取り除いていくことが大事だということですね。

上野 はい、その通りです。結婚・出産はもちろん個人の自由であり、国や社会のためにするものではありません。しかし、私たちが日本をサステナブルな社会にしていくためには、社会が再生産されなければなりません。そのためには「男性稼ぎ主モデル」をやめること、これは分かりやすい処方箋だと思いませんか?

―― さまざまなデータと、メッセージをありがとうございました。

インタビュー・文/日経xwoman総編集長、日経doors編集長 羽生祥子

上野千鶴子(うえの・ちづこ)
上野千鶴子(うえの・ちづこ) 社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経て1995年から2011年まで東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。最新刊に田房永子との共著『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください』(大和書房、2020年)