「スリープヘルス」情報があふれる日本

 皆さんもご存じの通り、昨今書店に行けばさまざまな睡眠、眠りの改善法などの本が平積みになっています。日本の本や雑誌、テレビといったマスメディアでは、「朝の光を浴びることによって、体内時計がリセットされて睡眠と覚醒のリズムが整う」「眠るときには体の内部の体温が下がるので、それを助けるには就寝する90分前に入浴するとよい」というような、よりよく眠るための情報があふれています。私はこれらを「スリープヘルス」と呼んでいます。

 スリープヘルスは「自分が自分に対して何かを行う」ことが基本です。これに対して睡眠医学を始めとする「医学」は「他人に対して何かを行う、変更を促す」ことを基本にしています。スリープヘルスを自分に対して試してみるのは個人の自由ですが、睡眠医学を標榜して他人に「こうするべきだ」などと勧めるのは、副作用も含めてそれだけの責任が伴ってきます。

 では、このスリープヘルスと睡眠医学を分けるものは、対象が「自分」か「他人」か、それだけなのでしょうか? よく「根拠(エビデンス)の有無」という人がいますが、スリープヘルスにも元となる研究があり、多くの場合、それなりの根拠があります(根拠のないスリープヘルスも時々ありますが、それは論外)。ただ、研究というものは、ひとつの説を検証するために、他の一切の条件をそろえて実施する必要があります。例えば、「朝の光を浴びると睡眠と覚醒のリズムが整うかどうか」を調べるには、朝の光を浴びるグループと浴びないグループに分けた上で、実験参加者の睡眠時間はすべて同じにする、といった具合です。そうしなければ、本当に朝の光によってリズムが整ったのかどうか確証が持てないからです。

 こうした研究自体はサイエンスとしては興味深いのですが、実際の生活で「取り入れられるか?」「取り入れる意義があるか?」は大いに疑問がある場合があります。睡眠の環境は人によって千差万別なので、例えば朝の光を浴びたとしても他の要因が関わることで思い通りの効果が出なかったりすることはよくあります。ですから睡眠医学を専門にしている私のような人間が誰かに何かを勧めるときは、根拠の有無だけではなく「根拠の強さ」を考え、「副作用」を考え、「実現可能性」を考えてから取捨選択をして勧めます。

 ですが、私のような睡眠専門医が皆さんに対して「あれはいい」「これはダメ」といちいちアドバイスすることはできません。ですから、スリープヘルスを取り入れるかどうかは皆さんが判断するしかない場合がほとんどです。では、何を基準に判断すればいいでしょうか?

 こうした研究成果を生活に当てはめるには、自分自身が取捨選択の基準や睡眠についての常識=リテラシーを持っていなければなりません。では、「睡眠リテラシー」とはいったい何なのか

正しい睡眠リテラシーが失われた現代日本(画像はイメージ)
正しい睡眠リテラシーが失われた現代日本(画像はイメージ)