絶対的だった「正社員」ブランドに陰り? 終身雇用の時代は終わり、転職は当たり前、会社に属さない働き方も増えています。それでも、大多数は正社員を目指す現在。その意味は? 正社員の立場を最大限に利用する方法は? さまざまな働き方の実践者や専門家と一緒に考えましょう。

正社員のコスパを考える特集、最終回。昭和女子大学グローバルビジネス学部長・特命教授で労働経済学が専門の八代尚宏さんから、「働く」だけでなく、「生きていく」という側面からも具体的なアドバイスをもらいました。

正社員になれば、クビは免れる?

 日本では「正社員はクビにならない」と言われますが、これは本当なのでしょうか。

 実は、日本の法律では解雇は認められているのです。簡単に言うと、労働基準法には「解雇するときは、1カ月分の賃金を払う必要がある」と書かれていて、それだけ支払えば企業は労働者を解雇することが可能なのです。

 「しかし、日本の企業には雇用保障という慣行があり、労働者は企業に対して雇用保障を期待しています」

 この「期待する権利(期待権)」というのは、法律では非常に重要な概念なのだそうです。「正社員として雇われた労働者が、いきなり会社から解雇されたら正社員とは言えません。そういう期待権がある以上は、一般的に企業は社員を安易に解雇してはいけないのです」

 期待権について、八代さんにもっと詳しく説明してもらいました。

 「例えば、旅館に泊まる際に、2万円支払うとしたら、お客はしかるべき食事としかるべき部屋が供されると期待していいですね。民法はおおむね、このような期待に基づいており、労働関係も同様です。ですから、会社に対して不当な損害を与えたということでもない限り、企業は正社員を安易に解雇できないことになっています

 「日本の正社員の解雇に関しては、現行の法律に問題があります」と八代さんは言います。

 「法律で『解雇の際に払うべきわずかな解雇手当』しか規定されていないため、裁判所がかえって厳格な解雇ルールを作ってしまったという状況にあります」。一方で、ヨーロッパには、正社員の解雇が無効とされた場合にも、勤続年数に応じた補償金を払って辞めてもらえる、というルールがあります。類似のルールを日本にも導入する動きもありますが、一筋縄ではいかないようです。

 「この結果、不利益を被っているのは中小企業で働く労働者です。彼らには裁判に訴える資力がほとんどありません。ですから、文字通り1カ月分の賃金だけで解雇されてしまう。一方で、大企業の社員が不当解雇を訴えて勝訴した場合に、多くの場合は和解で解決されていますが、その和解の金額は青天井です。労働者の間で大きな不平等が生じているのです」

 「このように、日本の企業別の労働市場や組合の場合、欧米と比べて労使間の対立が小さい代わりに『労労対立』があります」と八代さんは言います。「正社員・非正社員、女性・男性、中高年と若手、大企業と中小企業の労働者など、多くの労労間の利害対立が存在していますが、こうした紛争解決に、多くの場合、労働組合は対処できません」