歴史や料理、意外な分野でもSTEM的思考が役立つ

 私たちもSTEMな人たちが実行している物事の思考法、すなわち「STEM的思考法」を身に付けると、視野が広がり、問題解決がしやすくなります。

 新井さんは「何を実現したいのかを明確にして、取り組みたい課題を見つけることから始めましょう。批判的に物事を眺めてみるのがポイントです。そしてその課題を数理的、科学的に考えてみるのです。自分に足りない力やスキル、知識があると感じたら、身近な教材を使って勉強すればいいのです」と勧めます。

 得意な分野から始め、苦手なところはその分野が得意な人を探し、補完して解決に向かうこともできます。具体的な考え方の例を2つ紹介します。

STEM的思考で「歴史」を考えてみると……
 一見、STEMとはかけ離れているように感じる歴史上の事件が「本当に世間一般に言われている通りなのか」と疑問に思ったとします。立体的に把握したいなら、数字、データを収集して数理的に考えます。
 例えば1582年に織田信長が自刃に追い込まれた「本能寺の変」。本能寺へと向かった兵士は、諸説ありますが約1万4000人と言われています。
 この兵士の隊列を数理的に考えてみましょう。全員が同じルートから攻めたわけでないにしても、もし2列の隊列を組んだなら、7000人ずつの列ができる。その列が進めるだけの道幅はどのくらいか、戦いにかかった時間がどのくらいかといった要素を仮定して考えていくのです。自分なりの「本能寺の変」として解釈できるでしょう。
STEM的思考で「食事」を考えてみると……
 STEM的思考を使う活動の1つに、毎日の食事があります。素材のよさを引き出す調理法を知らず、いつも同じような食事になってしまう課題があったとしましょう。
 これをSTEM的思考でどのように解決できるでしょうか。食材の成分や栄養素、特性のデータを調べ、その素材を十分に体に取り込むための調理の仕方、味付けの仕方などを考えることができます。さらに、相性のいい(悪い)食べ物も調べると、考えられるメニューの幅が広がります。これは、化学的なアプローチと捉えられます。
 例えば小松菜。βカロテンが豊富に含まれていることを調べたら、そこから解決法が広がります。この成分は油に溶けやすく、油でいためると吸収率が上がるという特性があることを調べたとすると、小松菜いためを作ろうという方法に行き当たるでしょう。
 さらに、辛み成分「イソチオシアネート」が含まれていることにも着目すれば、この成分は魚の臭みを消すという特性があり、それを生かすために、しらすと合わせようという工夫もでき、ほかの素材への興味が出るでしょう。

 上記はほんの一例。仕事においても、その業務の課題は何か、それを解決することでどのような結果が生まれ、解釈ができるのかに当てはめられるはず。

 解決方法を考え、見つけるためには、常に学び続けることが必要です。今は海外の優良な教材MOOC(ムーク、大規模公開オンライン講座)やUdemy(ユーデミー、オンライン学習サービス)が日本語でも気軽に受講できます。STEM人材になる第一歩は、まず自分の心の中にある問題意識に目を向けることです。

第1章のまとめ
◆STEM的な思考法とは、科学技術を使って課題発見から解決のための手順を考え、実行して、解決までを行うプロセス。それをさらに新たな課題解決のプロセスに発展させていく。身近な事柄にも当てはめられる。

◆STEM的思考法の第1歩は、取り組むべき課題を見つけること。物事を批判的に見ると見つけやすい。次に、その課題を数理的、科学的に考えてみる。解決のための手順を実行する。最後に、解決したら、その解釈や判断をして次の課題発見につなげる。

◆解決のためには常に学び続ける。オンライン講習など、教材は手軽に入手できる。

 いかがでしたでしょうか。第1章はこれで終わりです。STEM的思考法とは何か、ということがどんなことなのかを見てきました。第2~5章では、STEM的思考を取り入れて「課題発見」「実行」「課題解決」という3つのプロセスを自分のものにした女性たちの例を紹介していきます。皆さんがまねできる思考法のヒントを探してください。

 次回の第2章では、自分の不便を解消するために課題を発見して、それを新機軸の製品開発に結び付けた実例から学んでいきましょう。お楽しみに。

新井健一(あらい・けんいち)
日本STEM教育学会会長
新井健一(あらい・けんいち) 教育関連企業を経て2003年ベネッセコーポレーション入社。教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。2007年1月、NPO教育テスト研究センターを設立、理事長に就任。2018年、学術的な視点で調査研究を行い、より効果的な教育実践につなげていくための学会「日本STEM教育学会」を設立、会長に就任。「AI時代のSTEM教育のあり方を考え、新たな提言をしていきたいと考えています」

取材・文/中川真希子(日経doors編集部)