仕事山積で今日も帰れない……。そんなお疲れ気味の働き女子の皆さんにこそ読んでほしい本稿。仕事とは、作業とは一体なんなのか。改めてはあちゅうさんと一緒に考えてみませんか。

「できませんでした!」と意気揚々と言う人

 先日、キングコング・西野亮廣さんのブログに触発されてこんなツイートをしました。

素人は諦めるまでの距離が圧倒的に近い、に同意。やばい人だと目をキラキラさせながら「これは無理だってことがわかりました!」って言ってくる。いや、やりたいっていったのはあなたじゃん、無理を突破する方法を考えるのが仕事じゃんって思う (はあちゅうtwitterより)

 これは会社員時代、後輩に仕事を頼んだときのことなんですが、数時間したらその子が目をキラキラさせながら戻ってきて、「○○だからできません!」と、その仕事をできない理由をリスト化して持ってきたんです。そのさまはまるで、「実行不可能な理由を突き止めた自分を褒めて」といった感じでした。

 リスト化されたできない理由は当然知っていて、その上でそれらを突破する方法をいろいろ考えてみてほしいという仕事の依頼だったわけですが、その子はできないことを立証して仕事をした気になっていたんです。仕事をただ「やらされている」と思っていると、こんな風に作業を終えただけで仕事が終わった気になってしまいます。

 キャリアを積んだはずの社会人でも仕事をやっているのか・やらされているのか、その区別がつかないままなんとなく会社に行っている人は多いような気がします。

仕事をやっているのか、やらされているのか。区別したほうがいいに決まってます(はあちゅう)

「作業」は遅かれ早かれ、ロボットの仕事に

 本来、目的に向かってするのが「仕事」であって、目的を忘れ、頼まれたことをただ終わらせることは「作業」でしかありません。仕事は作業の積み重ねという側面もありますが、どんな作業をすれば目的を達成できるかを考えることが「仕事」だと思うんですね。この「作業」「やらされ」の意識から卒業しないとことには、いつかロボットに取って代わられてしまうと思います。

 とはいえ私も会社員時代に先輩から、「『できない』ではなく、それをやるために作業の整理をするところまでがあなたの仕事だ」と言われてハッとしたことがあります。

 実際そこで頼まれていた作業の優先順位をつけてみたところ、やらなくていいものがあることが分かりました。それまでパンパンの業務の中で上司からさらなる案件が降ってくると、「私がどんなに忙しいか見えてないの? そろそろ本気で体調崩しますよ、私?」とか「自分は手を動かさないのに、あれもこれも次々私にばっかりふらないでよ」と心の中で上司に悪態をついていました。けれど、「作業の整理までが仕事」と言われて初めて、今自分がやっている業務に疑問を持つことも仕事の一部なんだと気が付きました。思考停止状態に陥って、業務の棚卸しができない人ほど、不必要な作業に忙殺され、消耗してしまうんです。