人工中絶の合法性をめぐるキリスト教会の影響力の大きさ

 だが、オバマケア導入による薬代の価格の変化や、人工中絶の合法性の話となれば、自分たちの生活にダイレクトにかかわる分、全く別だ。

 例えレイプされた場合でも、人工中絶は許されないと信じるキリスト教徒が多い保守的な北ミシガンでは、キリスト教会の権力はとてつもなく大きい。

 もし中絶したことがカトリック教会に知られれば「破門」されてしまうことだってある。

 地元新聞社で働き始めた頃、「中絶問題を調べて書いてみたい」と私が仲間の記者に言った時「あああああ~~~!!!」とニューズルームの全員が脱力した声を出して、やれやれという風に顔を手で覆った。

 外国から来たばかりの新入りだった私には、中絶という個人の問題に介入しようとするキリスト教会の存在が不思議でしょうがなかったが、現地で育った米国人記者たちにとっては「またか!」と思えるトピックだったのだ。

 カトリック教会の地域への影響力は絶大。その証拠に「中絶は神への冒涜です」という読者からの投書で、紙面の「Letter to Editor」のコーナーが埋め尽くされ、記者たちは内心辟易していたからだった。

 そんな中、自宅に100体のジーザス像がある、中絶反対運動の地元リーダーのバーバラさんの自宅に取材に行くと、花のように美しい20歳ぐらいの女性が「ようこそ!」と出てきた。

 「この子は私の養子なの」とバーバラさん。「この子の母親はレイプされたんです」。

 その若い女性は全く動じず、曇りのない笑顔で微笑んだ。

 頭の中が真っ白になり、とっさに言葉が出ず、差し出された手を黙って握り返すのがやっとだった。

 同時に、別ルートで、妊娠中絶した女性にも話を聞くことができた。 

 新聞ではどんな場合も実名表記が原則だが、この女性に限っては「彼女の身の安全を守るために」仮名で記事を掲載することを新聞社のエディターはOKした。

 もし実名で中絶したことを公表しようものなら、この土地では、彼女の身に何が起きるかわからないからだ。