都会のジャーナリストには理解が難しい「ミシガンに住むということ」

「The view of the Bay is half the pay」というセリフが生まれるほど美しいミシガン湖の風景 撮影/長野美穂

 ここで選挙に話を戻そう。

 ヒラリーは、中絶は最高裁が認めた通り「合法」だという立場を表明している。

 もし、有権者が「中絶反対」の信条を持つ人であれば、ヒラリーの他の政策に全て賛成していたとしても「その1点だけで私は決してヒラリーに投票できない」と語る場合も多いのだ。

 そしてトランプは一応、中絶反対を表明している。

 さらに副大統領になるペンスは、トランプより遙かに保守的な中絶反対派で、中絶を何とか非合法化したくてウズウズしている。

 だが、中絶反対の人が多い保守的な土地柄だからと言って、保守的な人間だけが住むとは限らないのも、ミシガンの複雑な所なのだ。

 海のように広大なミシガン湖と大自然の美しさに惹かれて北ミシガンに移り住む住民は多い。

 ヘミングウェイがこよなく愛し小説に書いた湖や川、森、そんな環境を好むアウトドア派、自然派は、ラディカル、リベラル、コンサバティブ、穏健派、ノンポリなど政治信条に関係なく、結構多いのだ。

 「The view of the Bay is half the pay」という言葉が地元人の口から頻繁に出てくる。

 「美しいミシガン湖を毎日眺めて暮らせるんだもの、給料が安くても仕方ないか」という、自らを慰めるトホホな言葉なのだ。

 ニューヨークやワシントンに住むジャーナリストたちが嬉嬉として「ラストベルト」(さびついて産業のない地帯)というレッテルを貼るミシガン、オハイオ、ウィスコンシンの中西部の3州。

 だが、私は地元人が自分たちの地域を「ラストベルト」と呼ぶのを一度も聞いたことがない。

 6年住んで、一度もない。

 大企業の産業や先進のIT産業は存在しなくても、スモールビジネスを立ち上げる起業家や、デトロイトの廃虚をアトリエに改造して活動し、仕事にするアーティストたちもいる。

 大統領選のある4年に1度、短期間だけ、マンハッタンやワシントンの中心部から取材で来て、サファリか動物園の珍獣を見るかのごとく、ミシガン州民やオハイオ州民を観察し、レンタカーで州を疾走してすぐ去って行くジャーナリストたち。

 そんな彼らは、秋、ガソリンスタンドに給油に行くと「Got a buck?」という言葉が挨拶替わりに使われるということも知らないだろう。

 ちなみに「buck」とは雄鹿のこと。つまり「鹿ハンティングがついに解禁になったね!で、アンタ、今朝はもう獲物は仕留めたのかい?」という意味だ。

 答えは大抵「Not yet. Will do!」(まだだけど、でも、必ず仕留めるよ!)だ。

 勤めていた新聞社では「ハンティングコンテスト」のページがあり、新入りだった私は、8ポイントや6ポイントの「大物」を仕留めたハンター達に呼び出され、よく新聞社の駐車場で「こんなの獲りました」という写真を撮影させられた。

 鹿の角の数がポイント数となり、ポイントが多ければ多いほど、大物とされる。

 そのシーズンで一番の「大物」を仕留めたハンターが優勝するという新聞社主催のコンテストなのだ。

 トラックの荷台から鹿の角をつかんで冷たくなった鹿を降ろし、カメラに向かって微笑むハンターたちに「鹿がかわいそう…」などとつぶやけば「アンタ日本人だって? 日本では鯨を食べるそうじゃないか。鯨はかわいそうじゃないのかい? え?」と即座にやり返される。

 そんな土地、ミシガンに住むということがどんなことか、大都会にしか住んだことのないジャーナリストには肌感覚で理解することは決して出来ないだろうと思う。

 最初からトランプに投票すると決めていた保守派だけではなく、多くのミシガン州民がヒラリーよりトランプを選んだという結果を、私自身もまだうまく消化できないでいる。

 だが、多くの大都会のジャーナリストたちと同じように、政治家が「4年に1度だけやってきて、現地の人と話し、あっという間に去って行く」戦法が五大湖と添い寝する中西部のこの州で、もう通用しないことは確かだと思う。

文/長野美穂 写真/長野美穂、PIXTA

プロフィール
長野美穂(ながのみほ)
東京の出版社で雑誌編集記者として約9年間働いた後、渡米。ミシガン州の地元新聞社でインターン記者として働き、中絶問題の記事でミシガン・プレス・アソシエーションのフィーチャー記事賞を受賞。その後独立し、ネイティブ・アメリカンの取材などに没頭。ボストン大学を経て、イリノイ州のノースウェスタン大大学院でジャーナリズムを専攻。ミシガンでカヤック、キャンプ、クロスカントリー・スキー三昧するのが一番の楽しみ。現在は、カリフォルニア州ロサンゼルスの新聞社で記者を経て、フリーランスジャーナリストとして活動中