手術の結果、リンパ節への転移が見つかり、抗がん剤、放射線療法、ホルモン療法など、あらゆる治療を受けました。体調が少しずつ回復してくるなかで悩んだことは、「仕事を続けるべきか」ということ。職場復帰してまた忙しくなったら、がんが再発するかもしれない。まだ幼い子供たちのためにも、ストレスの少ない仕事に変わるか、専業主婦になったほうがいいのだろうか…。

 家族や友人に相談すると、皆の共通意見は、「あなたの選択を尊重する。でも、専業主婦は向いていないんじゃない?」。決定打は、義母の一言でした。「日曜日の夜8時になるとどんな気分になる? 明日は仕事だと思うと、ほっとしない?」。正直、その通りでした。

 週末、子供たちと過ごせる時間はとても幸せでしたが、月曜に仕事に戻れることがちょっとうれしかったりもする。夫や会社のサポートもあり、私は仕事を続けることを決めました。治療で髪が抜けてしまったので、かつらをかぶって職場復帰。しばらくは出張も減らし、夜も早く帰るようにしました。

 結果的に復職したことは大正解でした。特別な趣味がない私は、何もしていないと病気のことを考え、余計に落ち込んでしまう。仕事のルーティンに戻ることが精神面のセラピーになった気がします。

 プライベートでは、教会に通うようになりました。私は両親がクリスチャンで、幼い頃から毎週日曜日には教会に通っていましたが、当時は信仰になじめなかった。でも闘病後に再び通いだすと、改めて「生かされている」ことを実感。それまで、仕事で自分の可能性を追い求め、成果はすべて自分の力だと思っていたけれど、それは周りの支えがあって得られたもの。その経験を次世代に渡していくことが人生のミッションである、と考えるようになりました。今は毎朝、目が覚めると神様に感謝しています。

 教会では、新たな友人もできました。仕事や普段の生活では出会えない人とのつながりは、とても貴重でした。また、ホームレスに食事を提供するといった教会での活動を通して、自分が社会に支えてもらっている分、“返していくこと”の必要性も感じています。

 39歳で欧米の経済誌のアナリストランキングの日本株戦略部門で再び1位に。このとき、本当の意味で仕事に復帰できた気がしました。

取材・文/松田亜子

日経ウーマン2018年4月号掲載記事を転載
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プロフィール
Kathy Matsui
Kathy Matsui
1965年アメリカ生まれ。ハーバード大学卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院修了。90年にバークレイズ証券、94年ゴールドマン・サックス証券入社。99年「ウーマノミクス」という新しい概念でレポートを発表。『インスティテューショナル・インベスター』誌日本株式投資戦略部門アナリストランキングで1位を獲得。2015年から副会長となり、チーフ日本株ストラテジストとして活躍する一方、アジア女子大学の理事会メンバーも務める。1男1女の母。
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