ご自身の父親を題材にした新刊「生きるとか死ぬとか父親とか」が好評発売中のジェーン・スーさん。インタビューの2回目では、「相手のことを知ることで人として尊重できる」と話すジェーン・スーさんに、父親の話を聞いて分かったこと、感じたことについて伺いました。

理想の「親らしさ」「娘らしさ」の押し付け合いはお互いさま

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 「捨てろって言われてから結構粘ったと思ってたけど、俺たち随分と早くおばあちゃんを捨てちゃってたんだよな」
 笑えない話で、また父が笑う。
 奇跡の再会を果たし、家族はリヤカーを引きながら家路を急いだ。家はまるごと焼けていた。庭に植えていた茄子までこんがり焼けていた。
 「でね、せっかくだからね、家族で食べたの。焼茄子を」
 堪え切れないのか、喋りながら父の声がところどころ上ずる。笑ってはいけない戦争ギャグに、私も笑う。笑えないことは、いつだって堪えきれないほどおかしい。

ジェーン・スー著「生きるとか死ぬとか父親とか」「七月の焼茄子」より引用

編集部:本の中ではお父さんの若い頃についても触れていますが、聞きづらいエピソードはなかったのでしょうか?

ジェーン・スー(以下、スー):聞けばなんでも答えてくれました。「ちょっとその話はもういいから」というところまで(笑)。父は70過ぎから少し丸くなって、75を過ぎてからただの陽気な人になってきたんですが、昔は頑固で話にならないという時期もありました。

 でも、それも以前は私が「親としてそれはどうなの」という詰め寄り方しかしてこなかったからかもしれません。「親として、もっとちゃんとして」と言っても相手が素直に聞いてくれるわけがない。逆に、親から「あなたは理想の娘じゃない」なんて言われ方したら絶対に心を開かないですよね。お互いさまなんだと思います。

 父は私に「理想の娘像」というものを全く押し付けてきませんでした。こういう仕事をしなさいとか結婚しろとか。だから自分も「理想の父親」にはならない、と。一貫性がありますよね。