自分はどこまで高く飛べるのか、「のびしろ」を知るために

おかざき:私、1日に2枚以上漫画原稿を描くのを自分の物差しにしていて、それが描ければ体調も精神状態も大丈夫、食っていけると思う目安なんです。東日本大震災のとき、毎日同じことをしておくってとても大事なことだと思って。平常時と同じことができると、心が安定する。聞いた話ですが、例えば朝起きたらこのポーズをする、とかでもいいんですって。それで精神が落ち着く。彼氏にフラれたり、親に何かあったりしたときも、それを基準として立っていけるでしょう。

中川:「美味しんぼ」の漫画にいいセリフがあって。学生が日雇いのバイトの給料を暴漢3人組に殴られて取られてしまって困っているところに、とんかつ店の優しいおやじさんが助けてくれた。そして、店まで連れて行ってくれ、とんかつを食べさせてくれて「学生さん、とんかつが好きなときに食えるぐらいの人生を送れよ」って言うんです。そして、お金はいらない、と。すごくぜいたくでもないけれど、おいしくて満足感もある、それくらいの尺度を持てって話ですよね。それからエッセイストとして東海林さだおさんが好きなんですが、あんなエッセイの名手でも「野球だって打率3割しか打てないものだ。だからエッセイだって3割面白きゃいい」って。もちろん、東海林さんは6割行っていると思いますけどね。僕も、よし3割だ、って気付いて書くようになったら、前より上手に書けるようになった。

おかざき:いつも心にとんかつを。皆さんも、自分なりの基準や尺度を持つといいと思います。それに私、他の人のすごい作品を見るとワクワクするんです。それこそ漫画家は「他の作家の作品が映像化した」とか「増刷した」とか「誰々の作品の評判がいい」とか聞くと、みんな心の中で「チッ」と舌打ちして嫉妬心を燃やすものなんですよ(笑)。「チッ」と思わないと、上には行けない。でも、あそこまで行きたいと憧れている高みと、今の自分の位置の距離は「のびしろ」じゃないですか。のびしろは自信なんですよ。

――のびしろは自信! いい言葉ですね。

おかざき:尺度を持っていると、どこまで高く飛べるかが分かりますよね。私も、1日2枚描ければいつか行けるだろうって。

中川:僕も、100日あれば1冊書けるだろう、とかね(笑)。

いつも心にとんかつを! とんかつが好きなときに食べられるぐらいの人生を送ってください
いつも心にとんかつを! とんかつが好きなときに食べられるぐらいの人生を送ってください
<プロフィール>
おかざき真里
漫画家。広告代理店勤務中に「ぶ~け」(集英社)でデビュー。その後の作品である「サプリ」(祥伝社)では、代理店時代の経験を生かし、恋愛や仕事のはざまで心が揺れ動く女性の心情を緻密に描写。こまやかに計算された構図や、幻想的な雰囲気のあるストーリーに加え、彼女独特の名言に魅了される読者は多い。現在、彼女の新境地ともいえる仏教マンガ「阿・吽」(小学館)、グルメマンガ「かしましめし」(祥伝社)を連載中。

中川淳一郎
WEB編集者。1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「テレビブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社)、「電通と博報堂は何をしているのか」(星海社)など多数。

第一回 過酷な現場での働き方
第二回 忙しい女の恋愛は○○が鍵
第三回 仕事で罵倒されたことありますか?自己肯定感保つ方法(この記事)

聞き手、文/河崎環 写真/稲垣純也