――それで教員採用試験の勉強を始めたんですね。どのように時間を捻出したんですか?

M:朝、会社の最寄り駅の一つ前で降りて、スタバで過去問を解いていました。教員採用試験に合格するまで結婚せず東京で働くと決めていたので、会社にも言えずこっそりと。でも運よく半年で合格し、円満に退職できました。勉強に慣れていたのが幸いでしたね。「アクチュアリー(保険数理士)」という保険の改定や開発を行う職種に就いていて、毎年試験があったんです。

 その勉強も独学だったので、教員採用試験の対策も学校に通わず自分で進めていました。必要経費は受験のために名古屋へ行く交通費と問題集代だけ。ほとんどお金はかかりませんでした。

保険会社の社員時代から「勉強する習慣がついています」
保険会社の社員時代から「勉強する習慣がついています」

――例えば年収や、得たもの、失ったものなど、実際に転職してみてどんな変化がありましたか?

M:「アクチュアリー」という専門職は失いました。日本ではまだまだ知られていませんが、海外では医者や弁護士に並ぶ職業と言われているんですよ。保険を通して困っている人を助けられて、本当にやりがいのある仕事でした。

 もう一つ失ったものといえば、年収ですね。教員は残業代がつかないので、転職してすぐの頃は少し下がりました。でも前職以上に福利厚生が整っていますし、続けているうちに年収も前職と同じくらいに。現在は、約350万円です。

 一方、前職は自分が携わった保険商品の契約者に会うことができず、「私が関わった商品が人の役に立っている!」と実感するのが難しい仕事でした。でも教師は目の前にいる生徒からその場でレスポンスを受けることができます。人と直接関わる仕事に就き、「生」の手ごたえを得られるようになりました。

 それに、風も感じられます。最初から中学教師になっていたら、こんなふうに風を心地よく感じることはなかったかもしれません。前職で「風を感じたい」と思ったからこそ、授業がないときに校庭に出て、花壇のそばをのんびり歩き、心が安らぐようになりました。

――教員は職業のなかでも特にハードな印象があります。「前職を辞めなければよかった」「東京に戻りたい」と後悔することはありませんか?

M:東京から名古屋に来たのも、転職したのも、今こうして子育てをしているのも、自分が好きで「やってみたい」と思ったからやっているだけなんですよね。前の仕事も、学生時代から好きだった「数学」を使う仕事でしたし、今は教師として数学を教えています。趣味として合唱を長年続けていたので、合唱部の副顧問にもなれました。

 あと何より、生徒たちが可愛くて。どんなに指導が難しくても、教師には他の何物にも変えられない魅力があります。どんな生徒も可愛くて、大切で……。前職も充実していましたが、教師は私にとって最高の仕事だと思っています。

 ただ、今は二人目の子どもが生まれて育休中なので、学校現場からはいったん離れてしまいました。ふと自分のキャリアが停滞しているように思えて、「私は何をやっているんだろう……」という気持ちに襲われることもあります。でも、これも一つの機会。今は保育士の資格取得に向けて勉強しています。学校現場で役立つ知識が結構あるんですよ。

現在は保育士資格取得に向けて勉強中
現在は保育士資格取得に向けて勉強中

――仕事や結婚、子育てなど、何かを選んだり捨てたりするのではなく、自分の心が向くまま、柔軟に動けばいいのかもしれないですね。

M:そうですね。そのためには、「やってみたい」という気持ちを大事にするのが一番だと思います。

「やりたいこと」は、年齢を重ねれば見つかるものではない

――でも、世の中には「やってみたい」という気持ちがなかなかわかない人もいますよね?

M:私の母もそうです。46歳のときに母1人で4人の子どもを育てることになり、結婚前に医療事務として働いていた経験をいかして医療事務員養成講座の講師になりました。その後は、講師をしながらキャリアコンサルタントの国家資格をとったり、介護の資格の初任者研修を受けたり。はたから見るといろんな挑戦をしてキャリアアップしているように見えるのですが、本人は「自分が本当は何がしたいのかわからない」と60歳の今も悩んでいるそうで……。

 やりたいことって、年齢を重ねれば自然に見つかるものではないんですよね。資格をとったらすぐに活用するとか、やってみたいことがあれば挑戦するとか、今まで食い気味で仕事選びをしてきたから、私は好きなことが仕事になったんじゃないかと思っています。

 特に女性は、男性に頼りきりになるのではなく、自活していくことが大切です。忙しくてできなさそうなら、まずは元気をためるだけでも構いません。その後、資格や経験などの武器と自信を身に着けて自分をプロデュースすれば、道は拓けると思います。