小平選手が見ていたのは、対戦相手ではなかった

 そしてもう一つ。自分の滑りの直後に、次の組のために観衆を静めた小平選手のしぐさ。それもまた「氷を味わう」「氷とケンカをしない」の精神の表れであろうと思います。次の組が日本の郷亜里砂選手と親友のイ・サンファ選手が滑る組であったとしても、「相手との勝ち負け」だけを考えていたら、なかなかそうした気遣いはできないもの。むしろ、ザワついているほうが自分にとって得と思うのが普通です。

 しかし、小平選手が戦っていたのは他の選手ではなく氷だった。氷を味わい、氷とケンカをしないことが小平選手の戦いであり、だからこそあのような美しいしぐさも自然に生まれたのだろうと思うのです。

銀メダルとなったイ・サンファ選手 写真/JMPA代表撮影(榎本麻美)
銀メダルとなったイ・サンファ選手 写真/JMPA代表撮影(榎本麻美)

 スポーツである以上、競い合うライバルがいるのは当然ですが、本当の勝ち負けは相手と競うものではないのです。特に冬のスポーツというのは、雪や氷といった大自然との戦いがまず最初にある。そして、雪や氷と向き合い、ケンカをしないように、味わうように自分を高めていく。むしろ、ライバルというのは戦いの助けとなるものなのかもしれません。「アイツができるなら、自分も」「こんな味わい方もあるのか、自分も」という、雪や氷と向き合っていくための後押しとなるものとして。

 平昌へ出発する前の結団式で、主将を務めた小平選手は今大会のテーマを「百花繚乱(りょうらん)」と表現しました。自分も、仲間も、ライバルも、花となって雪や氷に根を下ろす。一本ずつがしっかりと雪や氷の上に立つ。そんな光景が浮かびます。個人としては主将という重責もあり、大会直前にはともに信州大で切磋琢磨(せっさたくま)した住吉都さんの訃報もあり、親友イ・サンファ選手とのメダル争いもあり、心乱されることも多かったでしょう。しかし、氷を味わい、氷と向き合うことで、氷以外のものがもたらす出来事にとらわれることなく、大きな花を咲かせることができた。

 「雪や氷を味わう」、深くて美しい冬スポーツの神髄です。

ライバルをたたえるイ・サンファ選手と小平奈緒選手 写真/JMPA代表撮影(佐貫直哉)
ライバルをたたえるイ・サンファ選手と小平奈緒選手 写真/JMPA代表撮影(佐貫直哉)

文/フモフモ編集長 写真/JMPA代表撮影