「哲学」ってむずかしいことだと思っていませんか? 「哲学」とは、「ものごとの正体を知ること」。哲学者の小川仁志さんが、身近なことを題材に分かりやすく哲学の視点から読み解きます。今回はジブリ作品「となりのトトロ」を哲学します。まっくろくろすけ、出ておいでー。

トトロを時々見なければならないワケ

 「となりのトトロ」を観るのはおそらく3回目です。最初は映画館で、2回目は子供と一緒にテレビで、そして今回このコラムを書くためにDVDで。この作品はいつ見ても私の心を癒してくれます。それはどこか懐かしい日本の自然の風景によるものであり、またサツキとメイをはじめとした登場人物たちの優しさによるものでもあり、そしてなんといってもトトロという癒し系キャラクターによるものでもあるでしょう。

 いや、もしかしたらこれらはすべて同じ一つの存在なのかもしれません。主人公のサツキとメイの周りには、大自然が取り巻いています。彼女らはまるでカモシカのようにその中を駆け回り、チョウのように飛び回ります。彼女らを取り巻くのは大自然だけではありません。いつも見守ってくれている父と母、面倒を見てくれるおばあさんや近所の人たち、カンタやみっちゃんのような友達、こうした人たちの優しさがサツキとメイを暖かく包んでいるのです。さらに、トトロたちモノノケが二人を助けてくれます。時にはネコバスに乗せてくれたり、時にはただ横にじっと佇むことによって。

 「となりのトトロ」の題名どおり、こうしたすべてがサツキとメイのすぐとなりにあるのです。トトロがあの大きな体で象徴しているのは、大きな自然であり、人々の大きな優しさにほかなりません。でも普段私たちは、自然のありがたみも、人々の優しさにも気づかないのです。もちろんトトロの存在にも。

 これは神様の存在に似ているような気がします。本当は周りには神様がいて、いつも私たちを守ってくれているのですが、よほどの宗教心がない限り、そんなことは思いもしません。にもかかわらず、困った時だけ「神様お願い!」なんていうのです。受験の前には神社にお参りさえします。

 オランダの哲学者スピノザは、汎神論を唱えました。彼の著書『エチカ』には、こう書かれています。「神が自己原因と言われるその意味において、神はまたすべてのものの原因であると言わねばならない」と。つまり、万物は神のうちにあり、神の力は万物に内在するということです。

バールーフ・デ・スピノザ(1632-1677)。オランダの哲学者。大陸合理論に分類される。自由主義的な思想を危険視され、ユダヤ教から破門された。自然が神であり、神が自然であるとする汎神論を唱えた。

 この考えは、神様が至るところにあるというだけでなく、すべてのものに神が宿っていることをも意味しているのです。神道の信者でなくとも、八百万の神という概念を頻繁に口にする日本人には、この感覚はわかりやすいのではないでしょうか。