――今でこそ、政治家はもちろんさまざまな分野の方々から信頼を集める小西さんにもそんな時代があったんですね。

 「きっついなー」と歯をくいしばることもありましたよ。慣れるまでに人一倍の努力をしなければいけませんでした。でも、それに勝るやりがいも感じました。やはり、自分が取材して伝えたいことが全国のテレビで流れるという手応えは全国ネットの放送局ならでは。国政の取材も東京でないとできません。

「自分が取材して伝えたいことが全国で流れるというやりがいと緊張感は、今も毎日感じています」

 その味わいを一度知ってしまった私は「ここでもっと頑張っていきたい」という気持ちを止められなくなり、ついに読売テレビを退社して、日本テレビに入社するという決断に至りました。

 これもまた、とっても異例のことで、同じ系列であっても読売テレビから日本テレビに完全に籍を移したという例は、後にも先にもありません。全く別の会社なので転職と同じなんです。安泰な正社員の立場を捨て、有期雇用の契約社員としての再スタートでした。

 大阪ではスクープ賞や社長賞を受けて特派員もやらせていただいて、そのまま残っていれば、特に苦労もすることなく仕事ができたのかもしれません。でも、やっぱりチャレンジしたかったんです。年齢は36歳になっていました。

36歳からの背伸びの挑戦は間違いではなかった

――36歳であえてチャレンジを選ぶ大決断。30代半ばを過ぎると、どうしても「守り」に入りたくなる人が多い中で、小西さんを駆り立てたのは何だったのでしょうか?

 「記者として自分がどうありたいか」という自分の仕事のスタイルを磨き続けたい。そんな気持ちがあったのだと思います。自分のスタイルを磨くためにより最適な場所やチャンスがあれば、飛び込んでいこうと。

 ロンドン赴任の時も日テレへの転職の時も、私にとっては「身の丈よりも上を目指す背伸びの経験」でした。でも、やってみて間違いではなかったと思います。

 自分の実力以上に背伸びをして努力するのはしんどいことです。でも、背伸びをするから見えてくる新しい風景や出会いがある。すると、人生の選択肢の扉がパーッと開いてくるんです。

「背伸びをしたからこそ見える、素晴らしい景色がありました」

 もちろん、「背伸びはせずに楽を選ぶ」という道もありです。ただし、本当に納得してから選んでほしいと思います。後になって「やっぱりああすればよかったな」と後悔する人生が一番つらいですから。

 最近、仕事で結果を出せなかった後輩から相談を受けたのですが、彼女が「私、あの時どうしたらよかったのかな」とつぶやいていたことがとても気になりました。きっと彼女が自分にできることを精いっぱいやり尽くしていたら「どうしたらよかったのか」という気持ちには至らないはずだと思うんです。

 「自分なりに何かを必死にやってはみたけれど、方法が間違っていた」というのであれば、少なくともやった分の成長は感じられる。「やらなかった後悔」だけは抱えないように、その時にできる全力を尽くしたいと私は思っています。