「news every.」に出演中の日本テレビ解説委員の小西美穂さん。一見華やかなキャリアを築いてきたようにみえる小西さんでも「不安に押しつぶされそうな毎日を過ごし、都心をさまよう夜を過ごしていた」という。小西さん曰く「かなりヤバい状況」から、どうやって抜け出したのか。前編「 小西美穂 『居場所なくなる』不安で街をさまよった夜」の続きをお届けする。

仕事もプライベートも寂しい――そんな「暗い時代」を小西さんはどうやって乗り越えたのか

――肩の力が抜けた今の小西さんからは想像できない暗い時代が、そう遠くない過去にあったとは意外です。

 その頃の私の寂しさを象徴するのが、41歳の誕生日です。40歳の誕生日が、白金のレストランに20人呼んでバースデーパーティーを華やかに開いたキラキラした日だった、という話は前回の記事「 小西美穂 『居場所なくなる』不安で街をさまよった夜」でしましたよね。

 その1年後の6月9日、私はたった一人で41歳の誕生日を迎えたんです。

一人で過ごした41歳の誕生日の出来事

 誰かが祝ってくれると言ってくれたかどうかは覚えていません。とにかくその日、仕事を終えて私は自宅近くの行きつけの定食屋さんのカウンターに座って、サンマ定食を食べていました。

 するとふと、目に留まったのが、いつも控えめでおとなしい女子店員が着ていたTシャツ。「ROCK」という大きな文字がデザインされていました。「え、ロック、6・9……?」と目を離せないでいると、彼女が気付いて小声で言ったのです。「小西さん、今日、誕生日ですよね」。ビックリしました。「来てくれるんじゃないかなって思ってたんですよ」とニコニコ笑いながら、彼女は手を動かしています。

 まさかここに私の誕生日を知って祝おうとしてくれている人がいるなんて。素直に「ありがとう」と伝えて、お会計を済ませた後、今度は「これ、店長からです」とお土産のシャンパンまで用意してくれていたんです。ささくれだっていた心が、ジンと、温まりました。

――すてきなエピソードですね。

 結婚した今でも、そのお店はよく夫婦で行くんですよ。

 そういう人の温かさに触れたものの、40歳と41歳の誕生日の落差が象徴するように、私の仕事人生が危機に直面していたことには変わりありませんでした。

 その後、私は「news every.」を離れて「ズームイン!! サタデー」、BS「ニッポンの大疑問」「深層NEWS」出演。政治部に異動して防衛省担当を務めた後、17年6月に「news every.」に復帰して今に至るわけですが、その当時は、長い長いトンネルの暗闇しか見えていません。「いつか乗り越えられるよ」と声を掛けられたとしても、絶対に信じられませんでした。本当につらいときって、先が見えないものだと思います。

 だから、私、不安や焦りを抱えている人に対して「大丈夫。いつかなんとかなるよ」と気軽に言うことはできません。「いつかっていつのこと?」と余計に焦りをかき立てるものだと身をもって知っているから。