異動するときは「手ぶら」で初日を迎えない

 いきなり「アフリカに出張して難民問題を取材してきます」といった重厚なテーマで大きな成果を出そうとするのは、ハードルが高いし、誰にも喜ばれないだろうな。それよりも、1日で取材がサッと完結して、その日のうちに1分半くらいのリポートにまとめられるくらいの街ネタをたくさん小出しにするほうが、制作サイドも番組内で使いやすいかも。着任してすぐならではのフレッシュな視点で現地の風景をとらえるリポートは、視聴者も楽しんでくださるんじゃないか。

 そう考えた私は、出発前から雑誌や新聞記事を取り寄せて、現地の街ネタ収集を始めました。そこで見つけたのが、ロンドンの有名な観光スポットでもある「ビッグ・ベン」の時計を、古い1ペニーコインを使って調整している技師のおじいさんがいるという話。「これなら取材準備のイメージも湧くし、面白いリポートになりそう!」とピンときて、到着後すぐに取材ができるように段取りを進めたのです。

 そして、実際に着任後すぐにリポートをまとめて本社に送りました。結果的に、着任当日に北アイルランドで発生した事件を伝えたのが、私の初リポートとなりましたが、「ビッグ・ベンの仕事を既に用意してある」という気構えができたことで、精神的に余裕を持ってスタートを切れました。その後も、とにかく街中の情報収集をして、イギリス王室やハリー・ポッターの人気などの「コンパクトで使いやすいリポート」を積極的に送っていました。

 以来、異動を控える後輩にもアドバイスとして伝えるようにしているのは、「小さくてもいいから、手軽ですぐにできる仕事を自分で準備していくといいよ」ということ。

 異動して1週間、2週間とたっても「これが私の仕事です」と差し出せるものがないと、焦るじゃないですか。そして、その焦りが「もっと大きな成果を見せないと」とますますハードルを上げる。だから、小さな準備をしておくんです。自分の心を安心させるサプリメントのように、よく効きますよ。

小さな仕事でも異動前に仕込んでおくと、自分の気持ちが全く違います
小さな仕事でも異動前に仕込んでおくと、自分の気持ちが全く違います

――(他部署から日経ウーマンオンラインに異動してきたばかりの編集部員、神妙な面持ちでうなずく。隣の先輩部員から「大丈夫! 編集会議で早速企画出してたよね」と激励を受ける)

 そうそう(笑)。そういう「無理なくできる一歩」の準備でいいと思います。きっとどんな職場でも応用できますよね。

やりたいことは繰り返し諦めず伝え続ける

 もう一つ、チャンスに渇望していた時期の私が心掛けていたのは、「かかってきた電話は絶対に取る」という行動の徹底。何か突発的なニュースが飛び込んできたときに、もしかしたら私の順番が回ってきて、電話が鳴るかもしれない。そのときにすぐに「行けます!」と言えるように。

 いつでも着信を逃さないように、レストランで食事をするときは地下のお店は選ばず、シャワールームにも電話を持ち込み、寝る時も枕元に電話を置いて。電話を肌身離さないように心掛けていました。そして、諦めずに言い続けていました。「私を現場に行かせてください」と。

 すると、最後の最後、赴任3年目の2004年初頭にチャンスが巡ってきたんです。行き先はイラク。イラク復興支援特別措置法に基づく人道復興支援として、陸上自衛隊が初めてイラクのサマワに派遣されるという歴史的局面を報道する記者として、抜てきしてもらえたのです。

 既に派遣が決まっていた防衛省担当の記者が女性であり、「女性1人で行かせるのは危険」という局の判断があったことと、私がずっと「現地に行きたい」と言い続けていたことで引き寄せられたチャンスでした。

――とはいえ、非常に危険な地域での取材であることは想像できたはず。ためらいはなかったのでしょうか?

 確かに、「行きたくなければ行かなくてもいい」という種類のミッションでした。それだけ危険だったから。全く怖くなかったかというと嘘になります。母には最後までイラク行きを告げることはできませんでした。それでも、「行きたい。取材して伝えたい」という気持ちが勝ったのだと思います。家族から止められたとしても、私は行っていたでしょうね。

――実際に現地入りしてどうでしたか?

 あれほど命の危険を感じた取材は後にも先にもありません。

 サマワに入る時は、防弾チョッキを着て、ヘルメットを着けて車に乗り、前後を護衛車で守られた状態で向かうのですが、ガソリンを満タンにして、ハイスピード・ノンストップで3時間ほど走り続けるんです。なぜなら止まったら盗賊に襲われ、撃たれるかもしれないから。レイプ被害に遭った外国の女性記者もいるという話も聞いていました。クウェートからサマワに入る入り口で一時停車した時は生きた心地がしませんでしたね。

 怖さを少しでも紛らわすために、現地で買った(ジャズポップシンガーの)ノラ・ジョーンズのカセットテープを「ずっとかけてて!」と運転手さんに渡して、ずっと流していました。一緒に車に乗っていたカメラマンに会うと、いまだに「ノラ・ジョーンズを聴くと、小西を思い出す」と言われます(笑)。

 寝泊まりは日本テレビが借りた一軒家で、武装した門番さんに24時間警備してもらいながら。水事情が悪く、入浴は4日に1度くらい。それも、洗面器大のたらい1杯のお湯で全身を洗うんです。洗濯物を外に干すのは危険なので、下着は紙パンツで過ごしました。就寝中も遠くからパンパンパン! と銃声が聞こえてくるので、あまり寝付けず、いつでも逃げ出せるように普段着のまま、メガネを枕元に用意して寝ていました。

 「知り合いから子どもの写真を借りて胸ポケットに入れておきなさい。万が一、銃口を向けられた時に見せると、少しは時間稼ぎになる」という助言も受けましたね。