専業主婦を卒業するきっかけは娘の言葉

――薄井さんは47歳で仕事に復帰されました。仕事に復帰しようと思われたきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。

 きっかけは、娘の言葉です。娘が大学生になる時「これからどんな仕事でもやれる自信はある。でも、『お母さん』になれる自信はない。自分が専業主婦になれるとは思えないから」と言われて、ハッとしたんです。私がこのまま専業主婦だったら、娘は母親という将来像を描けない。娘に勇気を与えるために、仕事に戻ろうと思いました。

 当時、私たちはタイに住んでいて、まずは娘が通っていた学校の「給食のおばちゃん」から始めました。そこから、カフェテリアマネージャーに昇進して、日本に帰ってきてからは、会員制クラブの電話受付を始めました。時給1300円のパートです。

最初は「給食のおばちゃん」から始めました

――久しぶりのお仕事、いかがでしたか?

 思ったより苦労しませんでした。「あれ? 簡単だ」と感じて、なぜだろうと考えてみたんです。これまで20年近く家事と育児に専念してきたけど、何か損をしたわけではなく、「自分も進化していたんだ」ということに気付きました。

 家事や育児に専念する専業主婦だって「プロフェッショナル」。熱意を持ってプロジェクトに取り組む気持ちでここまできたから、仕事をしていなくても、自然とキャリアを積んでいたんですね。

 私は今年59歳になりますが、ようやく、仕事、結婚、子育てのすべてを手に入れました。ただしそれらは、「同時に」ではありません。同時に手に入れたら、不器用で中途半端が苦手な私は、潰れていたことでしょう。

 私は、「ワークライフバランス」という言葉があまり好きではありません。1日や1週間で仕事と家庭のバランスを取るなんて、私のように不器用な人には無理です。長い目で考えて、一生のうちにバランスを取ればいい。実際に私は最初の20年間は育児しかしていませんし、今は一生懸命仕事をしています。長い人生でうまくバランスが取れればよいのだと思います。

超現実的になれば不要な選択肢は捨てられる

――今の20~30代の女性は、仕事と家庭のバランスについて悩んでいる人が結構多いです。

 そうですね。でも、悩んでいるということ自体、実は贅沢なこと。「私には選択肢がいっぱいある」と考えてみてください。選択肢があれば、当然捨てるものも出てくる。何かを捨てないと前に進めない。実は、私は超現実的で「自分はここまでしかできない」ということがよく分かっているんです。ですから、迷うことなく選べるし、捨てるべきものを捨てられたのだと思います。

――最近は「ダイバーシティ」という言葉が盛んです。女性が仕事をし続けることを推奨されている雰囲気があります。

 これは日本独特ですよね。日本では、「ダイバーシティ」というと、女性社員を増やせばそれでよいと思い込んでいる企業も多いですから。

 本来「ダイバーシティ」とは「多様性」。女性だけでなく、「いろいろな人が企業にいる」ことが大事なはずです。私が日本コカ・コーラに入社を決めたのは、私のような特殊なタイプの人間も認めてくれる会社で、まさに真のダイバーシティがあると感じたからです。本業に取り組みながら、無償で人材サポート会社のWarisでの戦略顧問やニューヨーク大学プロフェッショナル教育東京(NYU SPS東京)ホスピタリティ講座に関わり続けることに理解も示してくれています。