経済的な自立のため、歩合制営業も頑張って

 当時の短大生は就職状況がとても良くて、大手銀行をはじめとする大企業からの内定もたくさんもらえたそうです。しかし、圭子さんはキャビンアテンダントになる夢を最後まで追い続けたために、すべての内定を断ることになってしまいました。

 「短大を卒業するとき、生命保険会社の外交員になるしか選択肢はありませんでした。新卒者ばかりを集めたチームでしたが、正社員ではありません。完全歩合制です。成績が良くないので月給3万円という人もいました。毎朝、成績が発表されて、ノルマを達成できていない人は全員の前で上司から大声で責め立てられます。たいていの女の子は泣いてしまいますよ。私は負けず嫌いなので泣かずに口答えをしていました。保険に入る・入らないはお客様が決めることです、と。頑張って社長賞をもらったこともあります」

 しかし、友人が結婚したり子どもを産んだりするたびに「保険を売るチャンスだ」と思ってしまう生活はしんどかった、と圭子さんは振り返ります。給与体系が変わり、長期的な視野での営業活動が報われにくくなったのもあり、3年後に退職しました。同期の8割は1年目で辞めてしまう職場だったのです。圭子さんは頑張ったほうですよね。

 都内の裕福な実家で不自由なく育った圭子さんですが、自立心が強いために短大卒業後は一人暮らしをすることにこだわっていました。とはいえ、経済的に苦しいときは頼りになる実家があるのは心強いことです。保険の外交員を辞めた後は、一時的に実家に戻らせてもらっていました。

 「つなぎの仕事は続けましたよ。近所の補習塾で講師をしたり、和菓子屋で大福を売ったりしていました。いまのメーカーの中途採用募集があるのを教えてくれたのは両親です。英語ができなくてもいいので英語に興味がある人を募集、というゆるいものでした(笑)」

 すでに25歳になっていた圭子さん。パソコンを触ったこともないのに事務職として採用されたのです。同僚がパソコンも業務も親切に教えてくれて、お昼休みにはのんびりとランチを食べられる、仕事で失敗してもしなくても同じ給料をちゃんともらえる……。保険の外交員とはまったく違う労働環境に圭子さんは驚き、かつてないほどの安心感を覚えたのでした。

 「社内恋愛をして寿退社を狙うような女性もたくさんいました。私が入社したときも、上司から『海外営業で目ぼしいやつはみんな売れちゃったよ。残念だね』と言われたのを覚えています。でも、私はそんな目的で入社したのではありません」

 この大手メーカーに入社してからは実家を出て一人暮らしを再開した圭子さん。自分の生活は自分で成り立たせるという気概を持って仕事に臨んできました。この自立心こそが圭子さんの「強み」なのかもしれません。