「東京に戻ったら、結婚して一緒に住もうね」

 色白美人で気立てもいい圭子さんは、お見合いパーティーで大成果を上げることができました。6歳年上の開業医である竜司さん(仮名)とカップルになったのです。

 「タヌキみたいな外見でファッションセンスもおかしな人でした。でも、実家の医院をお父さんと一緒に頑張って経営していて、天使みたいに誠実な人だったので、変な服装も輝いて見えました(笑)。ケンカをしたことは一度もありません。むしろ、お互いが相手のことを気遣いすぎ、遠慮しすぎていた気がします」

 その頃、優秀な圭子さんは会社の花形部署に抜てきされました。「失敗してもしなくても何も言われない」ゆるい職場とは異なり、全世界の顧客企業を相手に昼夜を問わず働く環境に放り込まれたのです。圭子さんの会社は首都圏が拠点ではありません。やがて本社に異動になった圭子さんは2年間の地方暮らしを経験しました。

 「彼は私を応援してくれて、車で遊びに来てくれたこともあります。私が東京に戻ったら、結婚して一緒に住む話も進んでいました。都内でデートをしながら、『このへんに住もうね』という話をしていたことを覚えています」

 ある日、二人を悲劇が襲います。激務を重ねていた竜司さんが急死してしまったのです。圭子さんは竜司さんの両親と面識がなかったため、亡くなったのを知ったときには竜司さんの葬儀は終わっていました。

 「本当のことだとはとても思えませんでした。母に頼んで彼の病院に電話をしてもらって確かめたほどです。ショックすぎて涙も出ません。あの頃、地方にある本社にまだ勤務していました。会社とアパートとの間に大きな川が流れていて、橋の上を歩いて通勤している人なんて私のほかには誰もいないんです。飛び込んでしまおうと思い詰めたこともあります。でも、冬だったので水が冷たそうでした。今日はやめておこうと思ってギリギリのところで引き返しました」

 圭子さんがそのときに踏みとどまってくれたからこそ、いま僕はおいしい料理とお酒をご一緒できているわけですね。人生には死んで消えてしまいたくなるほど辛い時期もありますが、5年後10年後の自分と周囲の人にプレゼントをする気持ちで生き続けることも必要なのだと思います。生きてさえいれば、またきっと幸せな日々も訪れるからです。

 婚約者の竜司さんを亡くしたときから、圭子さんが男性に求める条件がもう一つ増えました。健康であること、です。

 「好き嫌いせずに何でも食べられる男性はちょっといいな、と思ったりします。いま、竜司さんに会うことができたら、勝手に死ぬな! と言いたいですね」

 竜司さんと死に別れた年に、圭子さんは38歳になりました。続きはまた来週にお届けします。


文/大宮冬洋 写真/鈴木愛子

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