「待っていても、帰ってこないね」

 遠距離恋愛ながらも貴彦さんの優しさに包まれて少しずつ元気になった章子さん。仕事もだんだんうまくいくようになり、「地元に帰りたい」という気持ちは薄れていきました。1年後、貴彦さんとの別れの季節を迎えることになります。

 「彼は早く結婚して一緒に暮らしたかったようです。でも、地元と家族をすごく大事にしているので、彼が東京に来るという選択肢はありません。『待っていても、帰ってこないね』と言われてしまいました」

 職人気質でかつ心優しい男性にひかれる傾向があるという章子さん。別れてから10年以上たつ今でも、貴彦さんのことは心残りだと明かしてくれました。でも、貴彦さんではなく仕事を選んだのも章子さん自身なのです。

 あのときに会社を辞めて、キャリアも捨てて、地元に戻って貴彦さんと結婚していたら、章子さんはどんな生活をしていたのでしょうか。貴彦さんの経営する理容室を手伝いながら、子育てをしていたのかもしれません。持ち前の好奇心や社交性はPTAや地域行事に大いに発揮していたことでしょう。

 ただし、貴彦さんとの結婚を選んでいたら、現在の仕事と生活を経験することはありませんでした。都心の酒場で見知らぬ人同士で仲良くなる、なんてこともあり得ません。

 僕たちは二つの人生を歩むことはできません。今まで選んできたひと連なりの道筋を受け止めつつ、この先の道も自分の足で探っていくしかないのです。不安ですよね。「これが最高の道だ」なんてとても言えません。あれこれ後悔も残ります。だからこそ、「あったかもしれない幸せな生活」を感じさせてくれる人を、いつまでも懐かしくいとおしく思い出すのでしょう。それもまた人生の喜びだと思います。続きはまた来週。


文/大宮冬洋 写真/鈴木愛子

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