自分のために、周りの人のために、考えて考えて賢く行動してきたつもりが、実は愚かな行為だったとしたら?

彼をこんな顔にしたものとは… (C) 2017「愚行録」製作委員会

 電車では周りの人が何を考えているのかを考えるのが好きなライター、ゆうせいです。

 自分が何を考えているかは自分のことなので分かりますが、相手が何を考えているかを知るすべはありません。たとえ実際に相手の口から考えを聞けたとしても、それが本心なのかを確かめる方法がないからです。

 本日ご紹介する「愚行録」は、自分のことを賢いと思っている人ほど愚かな行動をしているかもしれないと考えさせられる作品です。

【ストーリー】
エリートサラリーマンの夫、美人で完璧な妻、そしてかわいい一人娘の田向(たこう)一家。絵に描いたように幸せな家族を襲った一家惨殺事件は迷宮入りしたまま1年が過ぎた。週刊誌の記者である田中(妻夫木 聡)は、改めて事件の真相に迫ろうと取材を開始する。ところが、関係者たちの証言から浮かび上がってきたのは、理想的と思われた夫婦の見た目からはかけ離れた実像、そして、証言者たちの思いもよらない姿であった。その一方で、田中も問題を抱えている。妹の光子(満島ひかり)が育児放棄の疑いで逮捕されていたのだ―。

善意か悪意かは解釈で判断される

怖いけどかわいい。かわいいけど怖い (C) 2017「愚行録」製作委員会

 あなたが誰かに何かをするとき、それが善意からか、それとも悪意からか、どちらが本心であるかはあなたしか理解できません。

 例えば、部下や後輩にきつく指導したとします。

 でもそれは、

・もっと成長してほしいからこそきつく指導した
・嫌いな人だから誰よりもきつく指導した

 どっちが本心だとしても、言葉では逆を伝えることも可能ですよね。言い方次第でどうにでもなることです。

 それと同じく、受け手も善意からなのか、悪意からなのかを判断します。

・私のことが嫌いだからきつく指導する
・私に期待しているからきつく指導してくれる

 本当はどちらであったかは関係なく、解釈ですべてが決まってしまうのです。これって本当に恐ろしいことで、テレビドラマもびっくりのすれ違い現象であり、よかれと思ってしたことで恨みを買ってしまうことがあるわけです。

 そしてそれは、すぐに分かることもあれば、何年も先にならないと分からないこともあるのです。