「この自治体で一番やりたいことは何ですか?」

――自治体への「気づき」を促すために、一番伝えたいメッセージは何でしょうか。

須永:自治体を訪問した時、必ず私が聞くのは「この自治体で一番やりたいことや課題は何ですか?」ということです。それがあって初めてふるさと納税をどう活用するかという知恵が生まれてくると思います。ふるさと納税ありきではなく、地域の課題を解決するために、ふるさと納税を活用していただく。地域が本当にしたいこと、伝えたいメッセージを実現してほしいと考えています。

 自治体同士が、ふるさと納税の事例や疑問を共有しあえる場があればいいなという思いから、「教えてチョイス」というクローズドサイトもたちあげました。自治体職員であれば、弊社と取引がなくても参加できる無料コミュニティサイトです。今後は、災害時のノウハウや情報共有ができるような掲示板にしていきたいですね。現在はまだ300人くらいしか参加していませんが、どんどん使っていただけばうれしいです。

写真上・下左:全国各地でふるさと納税のセミナーに登壇 下右:北海道の生産者を訪問(写真提供:3点ともトラストバンク)
写真上・下左:全国各地でふるさと納税のセミナーに登壇 下右:北海道の生産者を訪問(写真提供:3点ともトラストバンク)

――事業活動を通じ、須永さん自身の「地方観」に変化はあったでしょうか。

須永:私は群馬県出身ですが、20年以上東京で過ごしています。昔は、「地方は何もない、東京にはなんでもある」と思っていましたが、今となっては地方に行くたび、都会にはない資源に溢れていると驚かされます。でも、地方の人たちはその資源や資産に気づいていないことが多いんです。

――例えばどのような「資源」が?

須永:資源はモノだけとは限りません。地方には、昔ながらの製法を守っている企業やお店がたくさんありますが、そうした企業や手法も貴重な資源の一つだと思うんです。しかし、マネタイズができていないために、倒産の危機に瀕していたり、継承者不足で廃れてしまうケースが多く、もどかしく感じます。そうした資源をPRしたり、継続できるような仕組みを作るツールとして、ふるさと納税を活用してもらいたいです。

――大都市園からすれば、ふるさと納税によって税収が減ってしまうという問題も生じます。ゼロサムになりかねないという指摘もありますが、どう見ますか?

須永:確かに都心の税収は減ってはいますが、そもそもふるさと納税は、都市部と地方の税収格差を是正することを目的に生まれた制度です。それに、国全体の税収はむしろ増えています。先日発表された総務省の14年のデータによると、寄付をして確定申告した人の寄付額のうち、実際に控除されているのは50%程度。つまり、残りの50%は、純粋な寄付になるため、国全体の税収としては増えているんですね。実際、23区の自治体の方と話していても、税収が出ていくことへの批判は聞かれません。それよりも、どうやって区をPRするかいうことに知恵を絞っているところが多いですね。東京都墨田区の場合は、「美術と音楽の街」というコンセプトで街づくりをしており、11月中旬にはふるさと納税の税収で「すみだ北斎美術館」(※)が11月中旬にオープン予定です。

※すみだ北斎美術館は総事業費34億円、うち5億円を寄付で集める計画だ。期間限定でクラウドファンディングを実施し16年度の目標額は1億円、ふるさとチョイスを使った寄付額は現在約1億6300万円(15年4月〜)、延べ人数は約3000人。寄付総額は現在4億300万円を突破している。

――次にトラストバンクが目指す事業展開を教えてください。

須永:今年の4月から移住に関する事業を始めました。「ヒト・モノ・カネ・情報」のなかで、「情報」の部分を「ふるさとチョイス」が集約することでお金やモノが動き出しましたが、なかなか「ヒト」の動きを作るまでには至っていません。

須永:地域を活性化させるために、自治体が目指すのは移住者を呼び込むことです。しかし、いきなり「移住」「定住」はハードルが高く、どこも苦戦している状況。そこで、私たちにできる支援として、まずは、地方と都会の「人の交流」を促していこうと考え、「ローカル日和。」というふるさと探しお手伝いサイトを立ち上げました。旅行やイベントなど、地域を訪れる機会をつくり、地元の人と交流する場を作る。農業や田舎暮らしの体験ができる自治体独自のツアーなどを掲載しています。

――移住を成功させるポイントはどこにあるのでしょう。

須永:今は移住者を呼び込むために、自治体側が頭を下げてお願いしている状態ですが、移住者誘致に成功している自治体に話を聞いたところ、「対等な関係でないとなかなか定住に結びつかない」とおっしゃっていました。対等でいるためには、地域の魅力度を高めていく努力も必要です。都会の人たちにとっては、なかなか地方の情報に触れる機会がないので、「ローカル日和。」がそのきっかけづくりになれればと思っています。

――地方は、自分の持っているリソースに気づき、知恵を絞って魅力を高める工夫をすることが大切ですね。

須永:ふるさと納税は、まさに「自分の地域に何があるのか」を気づくところから始まります。自分たちでリソースを掘り起し、知恵を働かせて工夫を重ねる。自分たちの住む街を良くするのは自分たちしかいません。ふるさと納税という良い制度を活用して、ぜひ街の活性化につなげてもらいたいですね。

<インタビューを終えて>
 地方の小さな町が10億円以上の寄付を集める、そのお金をその町の解決課題のために活用する、そういう成功事例が日本中に続々出ている――。須永さんのお話を聞いて、たぶん多くの自治体の職員の方と同じように、私もどんどん前のめりになっていきました。豪華な返礼品に注目が集まりますが、ふるさと納税の基本は「寄付で地域の課題を解決する」ということ。品物ではなく「使い道」にフォーカスしたクラウドファンディングや災害支援にこそ、その本質が反映されています。須永さんが自治体を訪問するときに必ず聞く質問は「この自治体で一番やりたいことは何か?課題は何か?」だそうです。ふるさと納税が先にあるのではなく、あくまで原点は、地域が本当にしたいことは何かということ。ここを考え抜き、ビジョンを明確にすることが成功のポイントのようです。(麓 幸子=日経BPヒット総合研究所長)

 

取材・文/西尾英子 写真/鈴木愛子
(2016年5月16日にサイト「新・公民連携最前線 」のコラム「麓幸子の『地方を変える女性に会いに行く!』」に掲載された記事を転載しています)

須永珠代さん著書『1000億円のブームを生んだ 考えぬく力』

低迷していた「ふるさと納税」を年間寄付額1000億円以上の巨大市場に成長させたのが、2012年にふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」を立ち上げた女性起業家。その成功の秘訣は、30代にベンチャー企業で学んだ「考えぬく力」だった。フリーターや無職など"どん底"の時代も経て、なりたい自分を追い求めた著者の「人生を切り開く力」も学べる1冊。
著者 : 須永珠代
出版 : 日経BP社
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