エコツーリズムが地元の魅力を再発見する機会に

――「海島遊民くらぶ」が企画運営する30種類以上のツアーには、地域のさまざまな人たちがかかわっていますね。エコツーリズムを続けていて、どんな成果がありましたか。

江崎:鳥羽市に菅(すが)島という人口700人ほどの離島があるのですが、ここでは釣りやウォーキングのツアーを行っています。「島の人に挨拶をする」「漁具に触らない」「ガイドより前を歩かない」などのルールを伝えて、主に小学生に参加してもらっています。

 あるとき、「島を訪れる子どもたちはちゃんと挨拶してくれるけど、島の子たちは知らない人に挨拶できるのか」というお母さんたちの声が聞かれ始めたのです。島の子どもたちは知らない人と会う経験が少ないので、他人とのコミュニケーション力が不足しているのでは、という心配は昔からあったようです。そこで小学校の先生と話し合い、子どもたちが島を案内する「島っ子ガイド」を2008年から始めました。

 観光客に島のことを伝えるためには、菅島のことを知らなければなりません。子どもたちは島の歴史や漁業について積極的に調べ、とても詳しくなりました。島の職業ランキングを取り上げたガイドでは「1位は漁師ですが、会社員が増えてきています。漁師が減らないように、みなさんたくさん魚を食べてください。よろしくお願いします」といった内容を盛り込むほど。訪問客にも好評で、コミュニケーション能力はもちろん、学力もアップするという成果がありました。

 大人たちも変わりました。かつては「どうせ、将来は島を出ていくのだから」と親はわが子に島のことをあまり教えずにいたのですが、熱心な子どもたちに促されて、島の歴史や漁業のことを教えるようになり、ここが豊かな場所であること、ここにしかないものがあることに気づき、みんなが島に誇りを持てるようになったのです。子どもたちの頑張りが若い人たちにも波及して、「風の島フーズ」という島の商品を販売する会社もできました。

――島っ子ガイドの活動が、島の魅力を再発見する機会になったのですね。

江崎:最近、うれしいニュースが2つありました。人口減少によって菅島の小学校の廃校が検討されていたのですが、島民たちの運動によってその計画がストップし、しばらく存続することが決まりました。

 もう一つは、島っ子ガイドの卒業生から2人が漁師になり、島に残ったことです。島っ子ガイドを始めてから10年。漁師の道を選ぶ子が出てきたことは本当にうれしい。でも、これがゴールではないので、その道を選んだことを後悔させないように、周りの人間は後押ししなければなりません。

 このほか、かつてはライバル心が強かった各漁港や島同士の風通しがよくなり、のりの加工場を共同で運営するなど、個人で頑張るだけの漁業が、組織で協力して行う経営する漁業へと変化しました。こうした努力が進んで、漁師の収益アップにつながったこともうれしい出来事です。

――地元の人々が元気になったことは素晴らしい成果ですね。観光客に伊勢志摩の魅力を伝えるという面ではどうでしょうか。

江崎:私たち以外にも鳥羽でエコツアーを行う業者がだんだん増えて、今は8~9社ほどになりました。鳥羽には日帰りも含めて年間約400万人の観光客が訪れますが、2017年は鳥羽だけで約5万4000人がこうしたツアーに参加していて、これは年間観光客の約1.3%です。つまり、鳥羽を訪れる観光客の100人に1人は何らかの「体験」をしていることになり、ようやくマーケットができました。若い人が参入するなど、エコツーリズムを新しいビジネスチャンスと捉えたさまざまな動きが見られるようになりました。それは私が最も望んでいたことです。

観光で人々を幸せにする「成幸(せいこう)」を目指す

――2016年5月には、伊勢志摩サミットが行われました。江崎さんたちは外国人客のファムトリップ(訪日外国人を呼び込むため旅行事業者などを対象にした視察ツアー)のお手伝いをされたそうですが、サミットが地域にもたらしたものはありますか。

江崎:私の周りに及ぼした影響として思うのは、何のために観光をするのか、何のために海外のお客様に来ていただくのか、その目的意識が大きく変わったことです。

 伊勢志摩国立公園は区域の96%が民有地であり、「人が暮らし、守っている」ことが特徴です。例えば、森を守るために間伐を行い、間伐材をかつお節を作る際に使ったり、海女さんの体を温める薪にしたりする。漁師は海の資源を守るために、魚の獲り過ぎを防ぎ、環境汚染につながるエサを絶対に使わない。先人たちから学び、受け継がれてきた知恵を伝え、体験してもらうのがエコツーリズムです。

 こうした知恵は、日本各地、世界各地にあるはず。伊勢志摩を訪れた人たちがここの知恵にふれることによって、それぞれの地元にある大切な知恵に気づき、持続可能な社会づくりに役立ててもらいたい。そのためにも、この地での観光をしっかりやりたいと思うようになりました。

元宝石店を海島遊民くらぶの事務局に活用している。小さな子どを連れて働くスタッフもいる。右は米国からのインターン生。有限会社オズの従業員は4人。売り上げは2016年度で3200万円

――2018年2月には、伊勢志摩国立公園エコツーリズム推進協議会が発足し、会長に就任しました。鳥羽から伊勢志摩全体へと地域が拡大しましたが、どんなビジョンをお持ちですか。

江崎:現在、伊勢志摩全体で体験型エコツアーの参加者は観光客の1%くらいだと思いますが、これを5%まで引き上げていきたい。ここまで広がれば、たとえば禁漁時に伊勢海老を食べることはしない、など地元への理解がより深まると思うからです。

 協議会は観光事業者や行政のほか、漁協、農協も参加していますので、共に活動できる人が増えたことをうれしく思っています。たくさんの人と連携して、お客様にまた訪れたいと思ってもらえる地域をつくることが伊勢志摩のエコツーリズムの広がりにつながる。環境保全のためにも、地域振興のためにも、観光で人の幸せを成す「成幸(せいこう)」を目指していきます。

――エコツーリズムを行いたいと考える自治体はたくさんあります。成功のために必要なこと、アドバイスがあれば教えてください。

江崎:行政がやったらめっちゃいい!と思うアイデアを出してほしい。行政こそ、アイデアが重要だと思います。一艘一艘の船を造るのが民間事業者だとすれば、港づくりや船を動かす風が吹くよう仕向けるのが行政のすべきこと。面白いことをどんどん考えて実行してもらえたらと思います。

――さて、江崎さんが故郷に戻るきっかけとなった旅館の経営危機は改善されましたか。

江崎:改善や再建とはなかなか言えませんが、ずっと長く続けていくしかないかなと思っています。そのために大きな投資はせず、アイデアで取り組んできました。みんなのお母さんをイメージした小さな宿に変えたのです。それに伴い、泊食分離にし、地域で食事をすることも積極的に進めました。そして町や地域と共にお客様を受け入れるスタイルを20年前に確立しました。お料理も都会にあるような懐石料理ではなく、海月でこれを食べたと記憶に残るような食事に変えました。外国人観光客には、今、地元民との触れ合い、日本のお母さんとの触れ合いを求める方々も多いんです。こうした雰囲気を求めるお客様をターゲットにすることで、宿に無理がなくなりました。

 海島遊民くらぶそのものと旅館の集客とは直接関係がありませんが、私自身の地域の知識やネットワークが増えたことで、お客様への地元の特別感を演出できていると思います。間接的ではありますが、そうしたソーシャルキャピタルこそが、経営資源であり、今の私の支えになっています。

実家は明治から続く老舗旅館。23歳で女将を継いだ

<取材を終えて>
江崎さんと鳥羽市内をいろいろ取材に回りました。会う人、会う人から、江崎さんには「きくちゃん」「きくちゃん」と声がかかります。エコツーリズムをこの地に根付かせ、新たな観光のかたちをつくった女性リーダーへの地元の皆さんの厚い信頼、そしてたくさんの愛情を感じます。「島っ子ガイド」を初めて10年、そのガイドの卒業生から2人が漁師になり島に残ったそうです。「どうせ子どもは島を出ていくから」と島のことを教えずにいた親たちが子どもたちに促されて変わり、そして子どもたちの将来に「漁師として島に残る」という選択肢が生まれたのです。これもエコツーリズムが起こした変化のひとつでしょう。今年から伊勢志摩エリア全体のエコツーリズムをリードする立場になりました。その手腕に大きな期待が集まっています。

聞き手=麓幸子:日経BP社 日経BP総研フェロー 取材・文=田北みずほ 撮影=大槻純一
(2018年8月28日にサイト「新・公民連携最前線 」のコラム「麓幸子の『地方を変える女性に会いに行く!』」に掲載された記事を転載しています)