地域資産を発掘して保存・活用する「れきけん」の飛躍

──「れきけん」は、次々と北海道の歴史的建造物の価値を高めているようですね。

東田:明治時代に建てられた網走監獄(網走市)を移築した「博物館 網走監獄」の8棟は写真も図面もほとんど残っていなくて真正性(本物であること)の証明に苦労しましたが、日本で最大最古の木造監獄という価値を立証することができ、2016年に国指定重要文化財になりました。

 また、江戸時代からニシン漁の網元だった寿都町の「旧歌棄佐藤家漁場」(角十佐藤家)は、既に建物は北海道指定文化財だったのですが、前浜にニシンを一時的に貯蔵しておく袋澗(ふくろま)、ニシンを干す干場(かんば)が残っていて、歴史文書も確認できました。従来なら建物は建築、袋澗や干場は土木、文書は歴史と専門が分かれていて、揃っていることの価値に気づかないのですが、「れきけん」でそれを軸に調査報告書を作って、国指定史跡に1年で指定されました。過去最速だったそうです。

 建物を保存活用するためのNPOや一般社団法人をつくる相談を受けて、さらに、保存後のコンサルティングはそのNPOができるようにする道筋もつくっています。いわばそこに第二の私をつくる。自治体の文化財課や企画課と協力して、子育てスペースやコミュニティカフェなど地域の拠点も北海道内で約30カ所、地域の方と一緒につくりました。ニセコ町の駅前倉庫群の活用や中標津町の旧北海道庁根釧農業試験場本館がNPOの活動拠点になっています。

写真:ニセコ中央倉庫群
写真:ニセコ中央倉庫群
写真:NPO法人伝成館まちづくり協議会
写真:NPO法人伝成館まちづくり協議会
ニセコ町の駅前倉庫群(左)や中標津町の旧北海道庁根釧農業試験場本館(右)はNPOの活動拠点に生まれ変わった
写真:博物館網走監獄
写真:博物館網走監獄
写真:寿都町
写真:寿都町
(左)2016年に国指定重要文化財となった網走市の「博物館 網走監獄」。(右)国指定史跡に指定された寿都町の角十佐藤家

──日本人、特に女性はタフネゴシエーションが不得手といわれています。それが東田さんにできるのは、自分の利益ではなく、公益を考えているからでしょうか。

東田:その通りです。そして公益で動くことが相手にとっても最終的にはよいことだと理解してもらう努力を惜しまないことです。

 NPO活動についてのご相談で感じるのは、意見の対立を恐れていること。それは違う者の排除につながってしまう。意見が違うのは当たり前なんですよ。何がどう違うか、なぜ違うかを、話し合えばいいだけ。特に男性は縦の論理で順番をつけたがる傾向がありますが、女性は上下の関係なく話し合いでコミュニティをつくる訓練ができている。感覚さえつかめばすぐにできると思います。

 NPOは、いろんな人がいないとできないんです。男性が偉そうなことを言えているとしたら、それは会員名簿を管理する人、アンケートを集計する人、いろいろな人が役割を果たしているから。「私は所詮、名簿係だから」なんて、卑屈になる必要は全くないんです。

──行政の役割をどう考えますか。

東田:行政にしかできないことはたくさんあります。建築基準法の適用除外や規制緩和、税金の減免など、法律や条令を柔軟に運用していってほしいと思います。

 歴史的建造物は、お金にならないとよく言われます。確かにガラスケースに入れたような保存は、ただの金食い虫かもしれないけれど、飲食や結婚式、民泊、イベントに活用するための改修費が出る仕組みがいろいろある。2008年から施行されている「歴史まちづくり法」や、国交省の空き家対策事業の補助金も活用できます。ところが、こうした制度をご存知ない行政職員の方も多いように思います。

 行政の担当者は3年で異動になるから、勉強も間に合わないでしょう。だからこそ私たちに相談してほしい。おかげさまで北海道内では周知されてきたので、私の電話は鳴りっ放しです(笑)。

──20年活動を継続してきた東田さんの次なるビジョンは何でしょうか。

東田:建物の保存活用は最初の資金が大変なんです。旧小熊邸倶楽部の資金は代表個人である私が360万円を借金して賄いました。正直、つらかったですよ。だから歴史的建造物専用の基金を創設したいのです。パン屋さんで食パンを買うといくらかが基金に入るような仕組みです。

 そして夢は北海道建築博物館を造ることですね。保存すべき古い手描きの図面建物がたくさんあります。また、これまでの調査報告書をちゃんと保管して、必要な人に貸し出しできたら、今後のためにとても役に立つと思います。

<インタビューを終えて>
 旧小熊邸の保存運動を皮切りに北海道の様々な歴史的建造物の保存と活用に実績を挙げてきた東田さん。「取り壊し反対と声高に叫ぶのでなく、これまで保存してくれたオーナーに感謝しないと」「対立の構図ではなく、行政と意見交換をして対話によるまちづくりをしたかった」と語る。意見の異なる人を排除するのではなく、「公益のために」をど真ん中に置いて、その軸をぶらさずに、学者、研究者、職人などさまざまな専門家を巻き込み、行政のサポートも獲得して事業を進めます。そのリーダーシップと卓越したマネジメント手腕に感嘆しました。市民活動のネックは後継者を育てることにありますが、地域の拠点づくりにも尽力し、後継人材を育てることにも注力しています。全国に無数にある歴史的建造物を地域資源として生かすために必要なことを、東田さんより学びました。

聞き手/麓 幸子=日経BP総研マーケティング戦略研究所長・執行役員 取材・文/北室かず子 撮影/大槻純一
(2017年12月20日にサイト「新・公民連携最前線 」のコラム「麓幸子の『地方を変える女性に会いに行く!』」に掲載された記事を転載しています)

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著者 : 麓幸子、日経BP総研 マーケティング戦略研究所 編
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