すてきな「器」を探し、自分を磨く

 一人で食事するときは、お膳があるといいですね。これがあると自分とお膳の付き合いができます。お膳は器の舞台なので、お椀とかお茶碗とかの付き合いも出てきますから、とても豊かな暮らしの相棒ができます。

 ヨーロッパではあんなに文化が発展して、技巧的なものに対する評価があるのに、「この器いいな」と言いながら食べるという文化はありません。使う道具の美しさに目に留めるというのは、日本人の重要な美意識でしょう。お膳があると、この美意識を生活に取り入れることができます。

 お茶碗を売っているような食器屋さんに行ったり、旅先でお茶碗を一つ自分のために買ったりする。買うときには、鏡の前でお茶碗を持ってみて、自分に似合うかどうか確かめてみるといいでしょう。いくらいいものでも、自分に似合わないものを買ったら不細工ですから。そして、いい器を買ったら、「この器が似合うような自分になりたい」と思うようになります。器は人を磨くのです。 

 人間を磨くというと、たくさん本を読むとか、冒険をするとか、結構プレッシャーのかかる大変なことをしなくてはいけないように思っているかもしれません。でも、一汁一菜という、ごくささいな日常が人間を磨く。小さなことに感動できる自分をつくる要素がいっぱいあって、人間の幸福力というようなものを高めてくれる。一汁一菜とすることで、毎日のように発見が生まれます。

 私自身、「一汁一菜でよいという提案」という本を書いてから、自分で発見することがたくさんありました。やっと料理が分かってきたな……本当にそんな感じですね。本当に深いものがあるのです。

 結果ではなく、幸せはプロセスという時間の中にあるのです。

聞き手・文/大塚千春 写真/清水知恵子

土井善晴(どい・よしはる)
料理研究家。1957年、大阪生まれ。スイス、フランスでフランス料理を学び、帰国後、大阪「味吉兆」で日本料理を修行。土井勝料理学校講師を経て、92年に「おいしいもの研究所」を設立。変化する食文化と周辺を考察し、命を作る仕事である家庭料理の本質と、持続可能な日本らしい食をメディアを通して提案する。
元早稲田大学非常勤講師、学習院女子大学講師、87年~「きょうの料理」(Eテレ)講師、88年~「おかずのクッキング」(テレビ朝日系)レギュラー講師。著書多数。2016年「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社)を上梓。大ベストセラーとなる。


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