健診で貧血を指摘されなくても、安心は禁物

 ここまで読んで、「でも、健診で貧血を指摘されなかったから大丈夫」と思った人もいるだろう。しかし、ヘモグロビン濃度が正常値範囲であっても、実は安心は禁物。というのも、多くの女性が「隠れ貧血」の状態だからだ。

 私たちの体内の鉄の60~70%はヘモグロビンにくっついて血液中に、残りの30~40%はフェリチンというたんぱく質と結合した状態で肝臓や脾臓(ひぞう)などに蓄えられている。酸素を運搬するために働く鉄を「機能鉄」、体に蓄えられている鉄を「貯蔵鉄」という。

 食事で取った鉄は、まず、ヘモグロビンをつくるのに使われ、余った分が貯蔵鉄として蓄えられる。貯蔵鉄は月経や妊娠など、鉄を大量に消費する「非日常」に備えた、備蓄の鉄というわけだ。隠れ貧血は、この貯蔵鉄が足りない状態。そして、20~40代女性の40%以上が隠れ貧血だという(※4)

 「鉄をお金に例えると、ヘモグロビンに含まれる鉄は財布のお金、貯蔵鉄は銀行口座の預金です。財布のお金がなくなったら、預金を下ろして使えるので当面の生活には困りません。でも収入が増えないのにこれまで通りにお金を使っていたら、銀行口座はいずれ空っぽになってしまいます」(山本さん)

貯蔵鉄とヘモグロビンと貧血の関係のイメージ図。赤血球のヘモグロビンに含まれる鉄は財布のお金、貯蔵鉄は銀行口座の預金に例えられる。ヘモグロビンだけでも体は機能するが、貯蔵鉄がないと月経、妊娠、出産などで鉄がたくさん必要になったときにすぐに貧血になってしまう イラスト/平 拓哉
貯蔵鉄とヘモグロビンと貧血の関係のイメージ図。赤血球のヘモグロビンに含まれる鉄は財布のお金、貯蔵鉄は銀行口座の預金に例えられる。ヘモグロビンだけでも体は機能するが、貯蔵鉄がないと月経、妊娠、出産などで鉄がたくさん必要になったときにすぐに貧血になってしまう イラスト/平 拓哉

 酸素の運搬に使われた鉄の大部分は、ヘモグロビンの合成などに再利用されるが、毎日約1mgの鉄が汗や尿、便などから排出される。そのため、毎日の収入(食事からの鉄)が少ないと、財布のお金がすぐになくなってしまい、預金には回らない。貯蔵鉄が貯まらないというわけだ。

 そして、貯蔵鉄の枯渇した隠れ貧血の人は、急な「出費」があると「家計」が破綻して貧血に陥ってしまう。急な出費とは、月経や妊娠、出産など。だから、特に月経がある世代にとって、隠れ貧血の改善も急務なのだ。

 「体に鉄が十分にあるかどうかを正確に知るには複数の項目を見る必要がありますが、一般には機能鉄はヘモグロビン、貯蔵鉄はフェリチンの値を調べます。でも健診では通常ヘモグロビンしか見ないので、隠れ貧血が見過ごされてしまうのです」(山本さん)。

 山本さんは次のようにアドバイスする。「健診で貧血といわれなくても、だるい、疲れやすいなどの不定愁訴がある人は、かかりつけ医に『隠れ貧血かもしれないのでフェリチンを測りたい』と相談してみるといいでしょう。保険適応の場合、1500円程度で検査できます。また、会社の健康診断でも自費でフェリチンの検査をプラスできる場合があるようなので、気になる人は事前に問い合わせてみてほしい」

 なお、フェリチンの基準値は検査機関によってまちまちで、「成人女性の場合、日本では5~157ng/mlと範囲が広く、下限が低過ぎるともいわれています。どこを下限とするかについては議論がされているところ。ちなみに、欧米ではフェリチン100ng/ml以下で鉄不足とするようです」と山本さん。

【CHECK】
思い当たる? 「鉄欠乏」を見破るチェックリスト

(山本さん作成)

1.疲れやすい・だるい
2.氷をとにかく食べてしまう
3.「顔色が悪いね」とよく言われる
4.食生活が偏っている
5.食事制限をしている
6.月経の出血量が多い
7.爪が薄くて弱い
8.階段や坂道で、息切れしてしまうことが多い


一つでも心当たりがあれば、鉄欠乏の可能性がある。「理由ははっきりしていないが『氷が食べたくなる』のは専門家の間では有名な貧血の症状」(山本さん)。

妊活女子は、妊娠前に貧血解消を

 実は、女性の中でも貧血がより深刻な問題になるのは、妊活中の人だ。「妊娠すると胎児に栄養や酸素を与えるために、母体には妊娠前の30~50%増の血液が必要になり、赤血球の材料である鉄の需要も増す」(山本さん)からだ。妊娠すると必ず貧血の検査を受けさせられるのはこのためだ。しかし、日本の妊婦は貧血の人が多い。「妊婦の30~40%が貧血(前出の※1)という数字がありますが、この数字は先進国の平均の18%よりも、発展途上国の平均の56%に近い数字なのです」と山本さん。

 「妊娠初期に妊婦が貧血だと胎児に影響が出ても不思議ではない」と山本さんは心配する。そして実際、ハーバード大学の研究では、妊娠初期から中期にかけて貧血だった妊婦の赤ちゃんは、低出生体重児になるリスクが1.29倍、早産になるリスクは1.21倍(※5)との報告があるのだ。

 こうしたさまざまな影響を避けるために、妊娠後の検査で貧血だと分かれば鉄剤が処方される。しかし、鉄剤を飲んでも貧血や隠れ貧血はすぐには改善されない。ここが困った点なのだ。

 「妊娠が判明するのは多くは4~7週ごろで、そこから鉄剤を飲み始めても、ヘモグロビンの値が正常化するには2~4カ月、フェリチンの値が正常化するには大体6カ月かかります。つまり、胎児の骨格や臓器、神経などが形成される妊娠8~11週ごろは、まだ貧血は改善されていない状態。十分な酸素がない中で胎児の器官が形成されることになってしまうのです」(山本さん)

 加えて、妊娠初期はつわりで食事の量が減るなどで鉄の摂取量も減りやすくなる。鉄剤で補おうとしても、つわりで飲めない人も多いのだそうだ。

 妊娠を機に食生活を改善する人は多いが、貧血の改善に関しては「少なくとも妊娠の6カ月前には取り組み、妊娠時には貧血と隠れ貧血が改善できている状態を目指してほしい」と山本さんは呼びかける。

 次回は鉄を効率よく取る方法について解説しよう。

(※4)「平成21年国民健康・栄養調査」より、血清フェリチン15ng/ml未満の割合
(※5)BMJ 2013; 346: f3443

この人に聞きました
山本佳奈
山本佳奈(やまもと・かな)さん
内科医。1989年滋賀県生まれ。2015年滋賀医科大学卒業。南相馬市立総合病院(福島県南相馬市)勤務を経て、現在、ときわ会常磐病院(福島県いわき市)、ナビタスクリニック(東京都立川市・新宿区)に勤務。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員、東京大学大学院医学研究科博士課程在学中。著書に「貧血大国・日本」(光文社新書)がある。

文/村山真由美 イラスト/平 拓哉

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