お母さんから赤ちゃんに伝わる腸の情報とは?

――腸内細菌叢の設計図というのは、どういうものなのですか?

永田さん お母さんの腸内細菌叢が赤ちゃんに伝わるルートは、今のところ、大きく分けて3つあるとされています。

 1つ目が腸管から胎盤を介するルート、2つ目が口腔ルート、3つ目は膣ルートです。

 なかでも、母体の腸管から胎盤を介して伝わるルートが特に大きな役割を果たし、設計図のような形で赤ちゃんにお母さんの腸内細菌の情報が伝わるのではないかという説の確からしさが高いと私は考えています。

 下のイラストのように、母体の腸内細菌たちは、腸粘膜をくぐり抜けたり、なんらかの信号を送ることによって、母体の免疫細胞である「樹状細胞」に腸内細菌叢の情報を伝えます。すると、その情報を受け取った樹状細胞は胎盤へと到達し、胎児の樹状細胞や、同じく免疫細胞であるT細胞に、その情報を伝えるというのです。

 こうして、免疫細胞が得た情報(抗原情報)を胎児に伝える仕組みによって、赤ちゃんに、お母さんの腸管内にいる細菌たちに関する情報が受け渡されるのです。母体の常在菌が胎児の腸管内に侵入しても、あらかじめ赤ちゃんの腸は情報を得ていて、その菌が味方だと認識できるわけですから、「お母さんの腸内細菌だから、味方だよ」と分かり、その菌を排除しようと余計な戦いをしなくて済む。このように、赤ちゃんは病原体などの「本当の敵」とだけ戦う力を身に付けていくというわけです。

赤ちゃんはお母さんの子宮の中で腸内細菌叢の設計図を受け取る
赤ちゃんはお母さんの子宮の中で腸内細菌叢の設計図を受け取る
母体の腸内細菌や、その産生物を受け取った樹状細胞が胎盤から検出されている。母体の腸内細菌叢に関する情報を赤ちゃんは胎児期に受け取り、この情報を設計図として、赤ちゃんは自らの腸内細菌叢を形成するのではないか、という新たな考え方が注目されている

――設計図を受け取った後、赤ちゃんはどのように腸内細菌叢をつくっていくのですか?

永田さん 赤ちゃんは、胎児期にお母さんの腸内細菌の設計図を受け取り、生まれた後、この設計図をもとにして、体に入ってきた細菌を自分の腸内に組み込んでいきます。受け取った設計図は、いわば座席表のようなものと考えています。母体の常在菌とは異なる外来細菌がやって来ても、座席表に照らし合わせてみて、設計図にない菌であれば腸管内には定着しにくくなる、というシステムです(イラスト)。これによって、お母さんの腸内細菌叢と似通った腸内細菌叢が、赤ちゃんの腸に形成されていきます。

 経膣分娩や母乳育児で受け渡される細菌は結局、赤ちゃんの腸内細菌叢の設計図で、いる、いらないを振り分けられるので、さほど赤ちゃんに大きな影響を及ぼしているとは言い切れないのではないか、と考えています。つまり、産道や母乳から受け取る菌は腸内細菌叢の菌の供給源ではあるものの、メインを占めるものではない可能性もあるのです。

 だからこそ、妊娠前から腸内環境を整えておくことが、赤ちゃんに健康な設計図を与えることになると私は捉えています。

赤ちゃんは設計図をもとにしてパズルのように常在菌を組み込む
赤ちゃんは設計図をもとにしてパズルのように常在菌を組み込む
赤ちゃんは、子宮内にいる時に母体から腸内細菌叢のレイアウト(座席表のようなもの)を受け取っている。このため、母体の常在菌ではない外来細菌がやって来ても、座席表に照らし合わせて、設計図にない菌であれば腸管内には定着しにくい